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昨年四月からはじめた日本人サタデー学校の「先生バイト」が、今日で1年を終えた。(正確にはやることが決まったのは昨年三月、その経緯をブログに書いて、みなさまに笑っていただきましたが) もうそんなに過ぎたのかと、なんだか夢のようである。私が担任したのは4年生だ。当初はハッタリで堂々と見せていたが、内心は先生未経験者だし不安だった。しかし幸か不幸か、不安に途惑う時間的余裕がないほど次から次へとやることが怒涛のように押し寄せて、まさに土曜日は戦争状態だった。 私はあまり子供は好きではなかった。いや、現在形でも好きではない。他人にエラそうに説教できるような類の人間でないことも、よくよく自認している。裏表の使い分けするには、単純構造すぎる。怒るとべらんめぇで怒鳴るし、面白いことがあるとクラスの誰よりも大笑いしていた。ある子が「先生は、怒るか笑ってるかだなぁ」と言っていたが、晴れ、時々雷雨、のち晴れという感じで、曇り天気はついぞなかったように思う。先生と呼ばれるのに未だ抵抗がある私は、ガキ大将に近い感じでやっていた。 ひとつだけ一貫していたことがあるとしたら、それは、クラス内のことは極力クラス内で治めることだった。一人、問題があるとされていた子がいた。前はちょくちょく、学校でどんなことをやったか母親に報告が行っていたらしい。それを本人が嫌っていることを、私はよく理解できた。私もそうだったからだ。その子を見ていると、子供時代の自分を思い出すことがよくあった。(その子の方が私よりずっと勉強はできるが) 教室のルールに違反するようなことがあれば机を蹴っ飛ばすほど怒ったが、今日はああしたこうしたという母親への報告は一度もしなかった。他人に危害を及ぼす行為でもしない限り、一々言うまでもないと思ったのだ。雷を落とした30秒後、「漢字練習の成果あったな〜、客人!」と賞賛することもしばしば。怒られたことは怒られたこと、誉められることは誉められること、別のものだ。自分でも驚くぐらい物事をあとに引き摺らなかった。引き摺っている暇もなかった、というのが本当だ。 最後の作文に、その子が 「今までで一番4年生が楽しかったです。〇〇先生は怒ると恐いけど、問題を終わらせるとお化けの話や小噺をしてくれるので、僕たちはそれが聞きたくて必死でやりました。5年生も〇〇先生になって欲しい。またみんなと一緒にやりたいです」と書いていたのを読んだ時は、不覚にも小生、目が潤んでしまった。 1年を終えての感想は、先生職というのは子供と信頼関係を作れるかどうか、最後はそれに尽きると思った。私がどれだけあの子たちと信頼関係を作れたかはわからない。それは、彼らしか判定できないことだ。 はじめの頃は「どうせ土曜だけの付き合い。こいつらがどうなろうと、私の知ったことじゃない」と思っていたが、今は「どうせなら、みんなしあわせになって欲しい」と心から願っている。 とても楽しい御仁揃いのクラスでした。私が一番学び、楽しませてもらいましたよ。四月の朝の空のように明るく、気まぐれで、冷たく、澄んで、素っ気なく、やさしい、西風のように駈けぬけ笑う、子供たち。貴重な1年を、どうもありがとう! PS だけど小生、やっぱり子供はあまり好きじゃないです。 |
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NYで金八先生やってるとは!でも、カーラさん自身成長したんじゃないかな? |
KHJ 2008/03/09 20:51 |
おつかれさまです。 |
Partera 2008/03/09 23:56 |
日々学んでる。朝一でこれ読んでちょっと感動した。私たち子供はいないけど、いくらでも子供から学ぶ事できるのね。いい話ありがとう。 |
ichi 2008/03/10 01:07 |
>KHJさん |
カラビ 2008/03/10 01:42 |
あんた、もう最高、いろいろ経験しているわね、実は私も最近同じ様な事で涙したわ。。その友達はドイツ人だけどね、問題が多くてね、私はいろいろ手助けをしていたの、その子26だけど、私に大切な友って書いてあったのよ、いつも笑顔でいてくれってね、私は本当感動したわ、、、では、又ね |
MASU 2008/03/11 07:11 |
>MASUちゃん |
カラビ 2008/03/11 09:27 |
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