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昨日の変性意識瞑想会は、なかなか面白かった。いつも異なる体験があって、いつも面白さはあるのだが、なんとなく記録しておきたい気分なので、覚書きにしておこう。 細かいプロセスは省き、いつもと違ったことは、今回は悪意を放置したことだ。カタルシスに入った時、地鳴りのように響くBGMとドラムのリズムに乗って、仕事で揉めた嫌なヤツのことを思い出した。すると過去に出遭った嫌なヤツらが次から次へと浮かんできた。その時、自分は今まで瞑想中に好ましからざるものがよぎると、そこから無意識に目を逸らせるようなことをやっていたのに気づいた。どんな感情であれ、出てくるものは止めない、というのがこの瞑想会の基本中の基本なので、今回はそれを放置することにした。 「嫌なヤツら、あいつら大キライだ。ひどい目に遭えばいいのにな。そうしたら嗤ってやる。そうだよ、いっそ、死んじまえ。あいつもあいつも、みんな。呪ってやろう。ヤツら全員、死にますように」 私はニヤニヤしていた。悪意、それがどうしたの?楽しいんだから、しかたない。右足が攣るのでグリグリ動かしたが、全然効かない。とても痛い。 カタルシスが終り、音楽が静かになって、床に横になる。悪意の楽しい気分は続いていたが、足がひどく攣って痛かった。綺麗な曲が流れてきた。ふと、日本人学校の子供たちのことが心に浮かんだ。あの子たち、いい子だったな。私の嫌いなヤツらにも子供や家族がいて、もし死んだら、みんな悲しむだろう。不幸になりたくて生まれてくる人間はいない。みんな、誰かに、何かに祝福されて生まれてきた同じ子供だったのだ。私も... 急に涙が出てきた。少なくとも今なら、私は嫌いなヤツらも好きな人も、すべての人がしあわせであって欲しいと願えると思った。世界から嫌いなヤツがいなくなった。気がつくと、足の攣れはまったくなかった。やさしい暗闇に、澄んだ音楽だけが流れていた。 今ふと思い出したのだが、NYに来る直前の晩、東京のアパートで不思議な夢をみた。暗い宇宙に巨大な星雲が浮かび上がり、静かに厳かな声が響いた。それは「エピファニー」と何度が繰り返した。目が醒めて、エピファニーって何だと考えた。どこかで聞いた言葉なのかも知れないが、何なのか全然わからなかった。しかしその夢はNYへ立つ吉兆のように思え、私はえらくしあわせな気分で再び眠りについた。 エピファニー(EPIPHANY)とは、キリスト教関係の言葉らしいが、どういうものなのかは、未だ詳しくわからない。ただその響きは私を、あの仄かに明るい星雲の浮かぶ宇宙を顕在させる大きなものを信じたい気持ちにさせる。 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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先生業お疲れ様でした。 |
しー 2008/03/12 09:17 |
異端キリスト教的解釈を承知の上で述べれば、人間ナザレのイエスが神の子キリストとして成就したつー事かな、あくまで異端的解釈だけど。 |
KHJ 2008/03/12 09:35 |
>しーさん |
カラビ 2008/03/12 11:40 |
>KHJさん |
カラビ 2008/03/12 11:40 |
今回の瞑想会は,今まで抜けなかった部分が抜けたっていう体験をした方が多かったみたいです。エゴががっつんと外された感じ。 |
Partera 2008/03/12 12:21 |
>Parteraさん |
カラビ 2008/03/13 10:55 |
毎度、いつも他の人達、すべての生き物、環境にやさしく思い、幸せな気分でいたいものよね。でも、いろいろな問題にぶつかるとすべてネガティブになる、他のせいにする、いけないわ、すくなからず自分を見返っていききたいね。言えることは、自分が変われば、回りも変わってくるのよね。私の経験よ、気のせいかしら?まだまだまだ、、修行が足らない仏教徒の私でした。 |
Masu 2008/03/17 02:50 |
>自分が変われば、回りも変わってくる |
カラビ 2008/03/17 08:58 |
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