伽羅創記

アクセスカウンタ

zoom RSS さよならの代わり

<<   作成日時 : 2008/07/04 11:30   >>

トラックバック 0 / コメント 4

画像


  また、庭に蛍がやって来る季節になった。宵闇が濃くなると、地面から火の粉がたち上るようだ。シリンダーに入ったキャンドルを、草の中に据えてみた。灯りに蛍が集まって来るかと思ったけど、どうも興味を引かなかったみたい。夜風に風鈴の澄んだ音が流れ、夏至を過ぎていよいよ夏も盛りに向かう気分が高まる。

 3週間ほど前、家の近くでマギーに会った。マギーは近所に住むフタナリだ。性別は女ということになっているが男性性器(まがいのもの)も持っていると、隣の主婦から聞いた。60歳は過ぎているだろう。たいそうな巨体で、夏などランニングシャツから乳房が透けて見えるが、全然気にしていない。自分は男だと思っているらしい。太った男なら乳房が盛り上がることもあるし、立ち振る舞いも髪型もそのへんにいるアメリカ人の親爺となんら変わらないのだが、どこか男のそれになりきれない声で女だとわかる。よく外に出て煙草を吸っている。近所の者が通ると、大きな声で挨拶をしたり話しかけたりして、私も彼女と会うと挨拶を交わしたが、いつも「ハロー、元気?」という程度だった。
 マギーは両親が亡くなって以来ずっと独り暮らしをしていた。フロリダにいる兄が家を売りに出していたが、出るの出ないので揉めているらしい。周期的に襲う鬱病のため薬を飲んでいたが暴力的になるようなことは決してなく、無害でちょっと頭の変なヘビースモーカーというのが近所の認識だった。
 あの日もマギーは外の階段に座って煙草を吸っていた。私はいつものように「ハロー」と言った。
「わたしがあんたを認めるんだ。あんたがわたしを認めるんじゃない」
 何のことだかわからず、私はマギーに聞きかえした。
「わたしがあんたを認めるんだ。あんたがわたしを認めるんじゃない。わたしを誰だと思ってるんだ?」
 マギーは声を荒げた。私はまったくわけががわからなかった。
「一体、何を言ってるの?」
「言ってることがわからないのか?それならハイスクールの英語補習クラスへ行け」
「ヘイ、そんな侮辱的なことを言われる筋合いはないよ」
 私は冷静に返した。
「侮辱的なのは、そっちだ」
 マギーは吐き捨てるように言って、顔をそむけた。
 話しにならないので、私はその場を離れた。玄関脇の鉢植えの紫陽花に水をやっていた隣の主婦が、私を見て眉をしかめた。
「マギーは何を怒っているの?」
「全然わからない。私は何も悪いことをした憶えはないし。第一、彼女とは、挨拶しか交わしたことがないんだから。自分が認める立場だとかなんとか言ってきて」
「きっと病気が出たのよ。気にしない方がいいわ。理由なんてない。精神が混乱しているんだわ」
 隣の主婦は苦笑して、開きかけのうす青い紫陽花を撫でた。恐らくそうなのだろうと私も思った。普段なら喧嘩っ早い私だが、なぜかマギーに対して怒る気持ちはなかった。ただ釈然としないだけだった。
 それから、私は一度もマギーを見かけなかった。夜、彼女の家の前を通りかかると、いつも灯りはなく静まりかえっていた。妙だなと思っていた矢先の今日、隣の主婦に会ったので聞いた。
「マギーは引っ越したわ。2週間前だったかしらね」
「えっ、引っ越したの?」
「そう。確かウッドサイドの老人ホームみたいなところだって聞いたけど」
「そうだったんだ。また急に...」
「もう、会うこともないわよ」
 私とマギーの件を知っている彼女は笑った。
「彼女、最後は変だったわね。きっと生まれ育った家から出る日が近づいて、混乱してたのよ」
 玄関脇の鉢植えの紫陽花は、ずい分青色が濃くなっていた。
 思い出すと、マギーが最後に言った「わたしがあんたを認めるんだ。あんたがわたしを認めるんじゃない」というのは、何かのメッセージのようでもある。彼女のことは、フタナリゆえに生き辛い人生をおくってきた孤独で気の毒な人、と思っていた。多分、隣の主婦を含め近所のみんなそうだったろう。そういう世間の無言の認識に対する自己主張だったのでは、と思うのは穿ち過ぎだろうか。根拠はないけれど、いつかマギーの言った言葉の意味がわかる時が来るような気がする。
 

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
いや、久しぶりです。元気ですか?蛍かわいいね。ドイツにはいないよ。そのマギ一さん、何言おうとしてしていたのかしらね。彼女はカラビンカさんだったら自分の人生解ってもらえるような気がしていたのね。きっと話相手がいなかったので、身近なカラビンカさんに何かをうったえていたのね。
MASU
2008/07/04 16:04
うん、何かわかってもらいたかったんじゃないかという気がします。もしかしたら、何か自分に似たものを私の中に感じたのかな、とも。まったく推測だけどね。
カラビ
2008/07/05 10:12
NYの蛍はきれいですか?

マギーさんの事について私の思うことを書けば、彼女は世の中に自分の事を全て決めれられていて、それに抗うことが出来ず、自分の意志で何も出来ないというような無力感を絶えず感じて生きてこられたのではないでしょうか。そしてそれが鬱の原因のひとつでもあったのではないかと思います。
彼女のせりふは「世の中が私を決めるのではない、私が世の中を決めるのだ」という心の叫びだったような気がします。
しー
2008/07/05 18:29
>しーさん
蛍は綺麗です。すっかり夏の風物になっています。

>自分の事を全て決めれられていて、それに抗うことが出来ず、自分の意志で何も出来ないというような無力感
そうですね。「性同一障害」にしても、障害と決めるのは世の中の方で、自分にとっては障害ではなく、それが素の自分なのですから。
彼女のメッセージは、心に残りました。
カラビ
2008/07/05 23:49

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
さよならの代わり 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる