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鉄道ファンではないが、日本で一番好きな列車はと聞かれたら、私は磐越西線と答えるだろう。磐越西線に初めて乗ったのは、小学校四年生の夏だったと記憶する。母親の実家が福島県の会津若松にあったので、中学に入るまで、夏休みの間はほとんど毎年会津で過ごした。 いつも東京から郡山を経由して会津若松に行くルートだったのだが、その年は帰省ラッシュで切符が取れず、仕方なしに新潟回りで、新津から磐越西線で行くことになった。会津に行くのは楽しみだったが、子供にとっては丸一日かかる長旅で、いつものごとく退屈しては妹と喧嘩をし、母親に拳骨をもらったりする道中だった。 新津から乗った磐越西線は各駅停車で冷房がなく混んでいた。母親は不機嫌そうに忙しなく扇子を動かしていた。煤ぼけたローカル線だと思った。 阿賀野川沿いをゆらりゆらりと、気がつけば車内はずい分空いてきた。それと共に、車窓から見える山間の景色に私は見入りはじめた。いくつか谷川を渡り、杉木立の中にある小さい駅でしばらく停車した時、蝉の声の響くホームに出て体一杯吸った空気の澄んだ味は、忘れられないものだった。 あれはまだ新潟県内だったか、それとも福島に入っていただろうか、ゆるやかに走る列車の窓から、果実棚のようなものがあちこちに見えてきた。それが何なのか、私は知りたかった。 「あれは、何を作っているのでしょう?」 母親は通路を挟んで座っていたセーラー服の女学生に聞いた。彼女は首を傾げ、ちょっと恥ずかしそうに「わかりません」と答えた。その後も会津若松に着くまで、私は緑濃い山間の景色を存分に楽しんだ。 高校入試を終えた年、私は中学校の卒業式まで8日間「北帰行」を称し、冬の会津へ行くことにした。磐越西線が忘れられなかったので、わざわざ新潟回りのルートを取った。 三月はじめ、新津駅ホームの屋根には雪が積もっていた。私は弁当とお茶を買って、意気揚々磐越西線に乗り込んだ。しかし見えるのは雪景色ばかりで、夏に果実棚が続いていたあたりは豪雪地帯らしく、厚い白一色に埋まっていた。今なら雪景色もまた情緒があっていいと思うだろうが、ティーンど真ん中だった私は冬の磐越西線にがっかりして、帰りは郡山経由東京行きのルートを買ったのだった。 そんなわけで、今年も夏になって磐越西線を思い出した。会津若松の祖父母の家はもうなくなって久しいが、あの山間の杉木立の中の駅は、まだあのままだろうか。あの果実棚は...。ゆるやかに走る列車の窓を全開にして、いつかまた夏の北帰行ができればいいと思う。 |
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写真の風景きれいですね。 |
しー 2008/08/04 10:17 |
しーさん、こんにちは。 |
カラビ 2008/08/04 11:59 |
私の子供の記憶中では、このような光景がなかったのよ、私は東京で親戚も都内、母の実家が千葉成田、畑はあったけど、、将来、日本でこの様な自然を見に旅行してみたいよ、、 |
Masu 2008/08/13 16:52 |
>将来、日本でこの様な自然を見に旅行してみたいよ |
カラビ 2008/08/14 12:08 |
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