伽羅創記

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<<   作成日時 : 2009/01/05 09:00   >>

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  明けましておめでとう御座います。元旦にNYへ帰ってくる予定でしたが、アクシデントがあり2日に帰ってきました。なにはともあれ無事でした。本年もよろしくお願いいたします。

 はじめてのスリランカ、12月15日の夕方空港に到着したら熱帯性のどしゃ降りスコール、旅の雨は吉兆だというが、超熱烈WELCOMEだ。ツーリストタクシーを頼んでキャンディ市へ向かうことにする。旅行会社のおじさん曰く、冷房車で7300ルピー(1ルピー=1円)。「死ぬほど寒いNYから来たんで、暑いのウレシイから冷房なしで結構」と、冷房なし6500ルピーにしてもらった。
 空港から出てしばらくすると、運転手氏が「ちょっと待っててくんなせぇ」と、ガソリンスタンドに寄る。相変わらず、どしゃ降りの雨。暗い空を時折漂白する稲妻の中、近くの木にものすごい数の黒い鳥がピーッ、ピーッと鳴き声を上げて飛び交っていた。熱帯的に異様な光景で、私はちょっと興奮した。しかしこのガソリンスタンドで待つこと長いのなんの、なんだかんだで1時間近くかかったぞ。
 道路は街灯なるものがほとんどなく、どの車もセンターラインの上を走って、対向車がギリギリ近づく前に追い越す。暗がりで人やら犬やら牛やら歩いていて、私は「あーっ、轢く!」と何度もヒヤヒヤしたが、運転手氏は当然のように飛ばしていた。スリランカでレンタカーを運転するなどという日本人旅行者には、絶対止めることをお薦めします。ホント、あらゆる意味で凄まじい道路事情だから。

 16日の昼、ホテルを出る時、スリーウィーラー(三輪モーターカー)のおじさんに声をかけられた。キャンディ湖半周の距離150ルピーだってんで、「朝、歩いたけど1KMもなかったよ。1KMにつき100ルピーが相場でしょ(某ガイドブックによると)」と値切った。クィーンズホテルの前で降りる時、おじさんに話をもちかけた。
 私 「あのさ、ビジネスしない?私、これから昼食とった後、この瞑想センターに行かなきゃなんだけど、いくらで乗せてってくれる?」
おじさん「(住所を見て)どれどれ、マハカンダ・バスターミナルから2KMってか。うーむ」
 私 「マハカンダまで5KMって聞いたわよ」
おじさん「まぁ、マハカンダまでならそうだ。よし、650ルピーでどうだい?お得な値段だろう」
 私はOKして、昼食後、ダンマ・クータ瞑想センターへと向かった。途中、おじさんは、これがペーラーデニヤ大学だとか、いろいろ教えてくれた。
 まずはマハカンダ・バスターミナルを目指したが、バスターミナルって、なんだ、こりゃあ!?山の中腹にある、バスがやっとこ2台程度停まれるぐらいの空き地だった。そこからくねくねした細い山道を登り、やっとダンマ・クータに着いた。メールでもらった行き方では、マハカンダ・バスターミナルから歩いても2KMだと書いてあったが、重い荷物引いてあの斜面を登ったら、ブッ倒れたかも知れん。スリーウィーラーで来て正解だと胸を撫で下ろした。
 スリーウィーラーのおじさん、「マハカンダから2KM以上あったからなぁ、650ルピーじゃ足りない。1000ルピーぐらいかな」と言う。直線距離なら2KMかも知れないけど、一回エンスト起こしてあの斜面を登ったことを考えると、確かに少し値段が上がってもいいかも知れない。
 私 「1000は多すぎでしょ。800ルピーってとこじゃない」
おじさん「しゃあない、800でいいよ。ところで帰りはどうするんだい?電話くれたら迎えに来てやるよ」
 帰りは誰か車を持っている人に便乗させてもらえるだろうと踏んでいたが、念のため、電話番号をもらっておいた。おじさん(って、もしかして私と同じぐらいの年だったりして)はサリムという名前だった。某ガイドブックには、ホテルの前で待ってるスリーウィーラーは悪質なのがよくいるとか書いてあったけど、サリムさんはそうでもなさそうだ。私に強硬に値切られてばっかだし、タハハ。

画像 さて、キャンディのヴィパッサナー瞑想センター、ダンマ・クータへの道のりがいかなるものか、ちと長い前フリで臨場感を盛り上げ(?)、いよいよ本題。
 スケジュールは世界中同じ、朝4時起床、4時30分から夜9時まで、1日トータルで10時間の瞑想を10日間行う。3回目だからそれはわかっていたのだが、このセンターは五官にくる要素が多かった。ズバリ言えばsensual(官能的)なのだ。ロケーションはなにもない山の上で、建物だって飾り気などない簡素なものである。なんだけど、むき出しの自然そのものが、私にとって視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚すべてに挑発的だった。
 八角堂造りの瞑想ホールは、涼しい風が入ってきてすごく快感だった。(でも蚊よけスプレーは必要)下の階には個房があって、一人で瞑想したい人は使える。こっちも涼しくて、気持ちよかった。
 センターで出される食事には大いにハマった。シンプルな菜食メニューなのだが、この土地は素材そのものが美味すぎる。スリランカに来たばかりなので毎日カレー味でもまだ飽きなかったのもあるだろうが、ほど良い味つけで南国のパサパサとした米に合う。それとさすがセイロンティーの本場だけあって、紅茶が美味しい。ため息ついて飲んでいた。とどめがデザートにもらうバナナやマンゴーの果物類。自然に完熟しており、口の中で甘く崩れるあの食感はもうエロティックですらある。他にも蜜かけヨーグルトやらシナモン入り砂糖菓子やら、センターではスリランカ料理のほとんどを食べさせてもらったと思う。因みにここでは、ダンマヘルパー(ボランティア)の人やコースティーチャーまでもが、毎回食事を皿によそってくれたりお茶を注いでくれたり、私はこんなことしてもらっていいのだろうかと、首を傾げてしまった。

 熟した果実、シンハラの聖地を囲む山々に吹くまろやかな風、純白のダーガバ(仏塔)から聞こえる鈴の音、瞑想場の一段高い間で、褐色のしなやかな肩をさらした若い仏僧の彫像のような座姿、夜になると発情したように匂いたつ野生のジャスミン、ヒンドゥーの隠れ寺から微かに漏れてくる祭儀、あるいは呪術の鼓と歌、愉楽の夢でも見ているのか、時折聞こえる鳥たちの甘い鳴き声、これらが性的なイメージを呼び起こしたとしても、なんら不思議はないだろう。実にアーナーパーナ2日目から3日目の午後にかけてそうだった。そして私は抵抗しなかった。浅く眠るように、浮かんでは消え、また浮かぶ映像を見ていた。アーナーパーナなんかロクにやってなかった。それが過ぎ去った3日目の夕方、胃痛がはじまった。
 ヴィパッサナーに入った5日目、調子が出てきたと思ったら、6日目、男性セクションから香辛料と脂じみた匂いの混じった体臭が匂うのが気になってどうにもならないので、ティーチャーに言って男性セクションから一番離れたところに席を移してもらった。、いくら「イコーニムス(平静心)、アニッチャー(すべては移り変わる)」と心で念じてみても、やっぱ嫌なものは嫌だよ、トホホ。
 8日目、ふと気づいた。瞑想が調子がいいとか悪いとか、一体私は何を基準にして言っているのか。不快な痛みが多い時は調子が悪い、痛みがなく座っている時は調子が良い、と思っているが、痛みも感覚として観察するだけのことであって、ヴィパッサナーには調子の良し悪しなどないのだ。あるとしたら、よく観察できているかどうか、その点だろう。感覚の良し悪しは私がそう名づけているだけで、感覚の本質ではない。

 今回、ゴエンカ先生の講話を聞いていて、感情が起こる時は体にもなにか感覚が起こっているはずで、それに気づくこと、体の感覚を平静心を持って観察することで感情に振り回される状態を避け、ひいては苦(ドゥッカ)の連鎖から解放されるというメカニズム、まずは体の感覚に気づくというシンプルなことだったのに、感情の発端の方にばかり気を向けていた自分を発見した。そうなのだ。10日間朝から晩までひたすらやっていることは、体に感じる感覚、微妙なものから大まかなものまで、あらゆるものに敏感になりより気づきを高めるための瞑想で、感情とどう対峙するとか、そんなことは一つもやっていない。これが私の今回の収穫であった。
 昨年京都でやった後、ブログで「ヴィパッサナーをやってたつもりだが、やっていなかった。今やっと、ヴィパッサナーのVの字をはじめたように思う」と書いたがまだまだとても、「ヴィパッサナーのようなもの」をやっていただけだった。今度こそ3度目の正直じゃないけれど、Vの字をはじめられるように願いたい。

 ゴエンカ先生のことをすごく好きになった。更にゴータマ・ブッダのことを、ますます好きになった。どんな感情に関しても平静心を保てというのは、ゴータマ・ブッダ以前の宗教でも言ってきた。だが「どうやって」という方法は誰も教えられる者はいなかった。ゴータマ・ブッダは、強い感情が起こる時、体に感覚が生じることを発見した。呼吸の重要さを理解した。かれは宗教家というより、最高の精神・心理分析家だと思う。私の師匠はゴータマ・ブッダだ。一生ついて行くもんね!

 10日目、降るような天の川の消え切らない早朝、瞑想ホールに向かった。赤道に近い島だが、山の上は朝夕肌寒くなる。清々しい空気をいっぱいに吸うと、夜をさかりに咲いたジャスミンの残り香があった。
 ノーブルサイレンスが終わり、他の参加者と話をした。クリスマスにかかっているからなのか、男女合わせて参加者50人程度、うち、男の僧侶が8人、尼僧が2人だった。スリランカでは、仏僧は尊敬されている。(因みにテーラワーダでは妻帯は禁止)
 スリランカ人参加者は、みな白い服を着ていた。この国の礼服らしい。最高齢の参加者は86歳の女性で、シルバーグレーの髪にすらりとした礼服姿が、白い蓮の花のように美しい人だった。名前をロイさんといい、綺麗な英語を話した。ヴィパッサナーは20回目だそうだ。ずっと教員養成学校の先生をしていて、独身で通したという。あの国であの年の女性が独身を通したというのは、いろいろと大変なこともあったのではないかと思うが、その凛とした高貴な感じから、リルケの「永遠に女性的なる魂」という言葉がふと浮かんだ。まったくの憶測だが、彼女はある種の精神的なつながりを女性的なものに求めたのではないだろうか。そんな詩人向けの女性である。年をとったら、あんな風になりたいものだ。

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 夕方、ダーガバに登ると、ダンマヘルパーの人が祈りを捧げていた。目の前には、蒼い陰となった山脈と、インド洋から流れてくる薔薇色の雲が折り重なる空が広がっていた。夕景は息を呑むほどに美しく、この瞬間と共に私もとどまっていたいという渇望のサンカーラ(反応)になりそうだった。
 夜、最後の瞑想を終えて宿舎に帰ろうとしたら、いつも持ち歩いていた懐中電灯を忘れていた。ダンマヘルパーの人が一緒に宿舎まで行ってあげると言う。月明かりもあるし大丈夫だと言ったら
「ダメよ。ここは日本とはちがうのよ。サソリや蛇だっているんだから、いつも気をつけないと」と注意された。ひぇ〜〜っ、早く言ってくれ、私は川口浩探検隊じゃないよ!(そういや、猿や山犬は見かけたな) 
 こんなオチがあったけど、ダンマ・クータは本当に素晴らしいセンターだった。官能の王国で渇望のサンカーラが滅してゆくのを見つめるのも修行、また是非行きたい。

 http://www.dhamma.org/


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コメント(6件)

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あけましておめでとうございます。

スリランカでヴィパサナ!!!暖かい国は、自然が性そのものだというの、よくわかります。生命は性的なんだな、結局。
丁度、年末年始にかけて、瞑想合宿への強い衝動が働き、いろいろ調べていたんです。
カーラビンカさんとはバイオリズムが一緒なんでしょうか。

いま、ミャンマーの瞑想という本を借りてきたところ。改めて瞑想に気合いを入れたい。こちらの報告を読めたことで、より刺激になりました。ありがとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

りょうこ
2009/01/05 18:17
>りょうこさん
明けましておめでとう御座います。
よかったですよ〜、スリランカでのヴィパッサナー。ゴータマ・ブッダはインドですから、気候的にはオリジナルに近いわけで。
やはり瞑想は大切だと実感しました。今年は真面目に取り組みたいです。
ミャンマーも面白そうですね。行くなら是非報告して下さい。
今年もよろしくお願いします。
カラビ
2009/01/05 23:27
今年もよろしくね、カラビさんなかなか帰ってこなかったので、心配していたわ、デモ、安心、貴重な体験してよかったね、たまには別世界を見るのも必要ね
MASU
2009/01/08 14:22
>MASUちゃん
どうもです〜。無事帰ってきました。NY寒いっ!
ヴィパッサナーコースは、1年に1回はやりたいですね。やる度に新鮮な発見があります。いずれはインド、ブッダガヤのセンターでやりたいです。
あ、スリランカもまた行きたいよ!
カラビ
2009/01/09 09:56
こちらのブログでは始めまして。

コメントを頂いた日からこちらのブログを拝見させて頂いていたのですがすごく充実しているブログなので中々目が通せず遅くなってなってしまいました。
と言っても、今でもまだ一部しか見れていないのですが^^;

色々なジャンルの記事がありますがどれも面白いです。

自分のブログは瞑想とか人の心の話がメインなので、今日はこの記事にコメントさせて頂きます。
自分の場合は基本的に自己流で、迷いながらジタバタしているだけなのですが^^;

1日10時間で10日間て、本当に本格的ですね。
誰とも口をきかず、目も合わせずヴィパサナが出来るのは夢のようというか、最高の環境だと思います。
自分は、そういう環境でやったことはないので、本当の所は想像もできないのですが。

ブログのリンクから日本ヴィパッサナー協会の「ヴィパッサナー瞑想について」や「生きる技」も読ませていただきました。

そこを読んだりブログを読んでみて、カーラビンカさんのコメントにあった「共感できる部分もある」と書かれていた理由が何となくわかりました。
kosumosu
2009/01/15 20:52
kosumosuさん、ようこそおいで下さいました。記事に関しましては多少なりともエンターティメント性を意識しているつもりですので、楽しんでいただけるのは嬉しい限りです。

>基本的に自己流で、迷いながらジタバタ
それこそが瞑想なんじゃないでしょうか。今、ラリー・ローゼンバーグの『呼吸による癒し』を読んでいるのですが、「コースに参加したり、座禅くんでやるだけが瞑想ではない。日常こそが瞑想の場なのだ」と書かれていますが、本当にそう思いますね。
とはいえ、ヴィパッサナー・コースはお勧めできます。ブログを拝見した限りですが、kosumosuさんなら結構ハマるんじゃないでしょうか。人の数だけ瞑想スタイルもあるって言いますしね。お互い、試行錯誤しながらやっていきましょう。
カラビ
2009/01/16 09:42

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ヴィパッサナー瞑想 スリランカにて 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ