伽羅創記

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<<   作成日時 : 2009/09/20 13:24   >>

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  Artist's Way(日本語題「ずっとやりたかったことを、やりなさい」)という本がある。ジュリア・キャメロンが書いた、失われていた創造性を回復するためのワークブックとでもいうものか。久しぶりに本棚から手に取ったら、1999.10.JUN の消印が押された手紙がはさまっていた。住所は当時住んでいたダウンタウンのアパートになっている。私の名前方で、ある人に宛てられた手紙だ。書いたのは「あの王国の幼女王だった私から」、私自身である。Artist's Wayの中に、特定の人に手紙を書くというエクササイズがあったから、その時のものだ。


**********

 信一先生

 多分、信一先生は、人生ではじめて私のクリエィティビティを賞賛して下さった人であったと思います。小学校6年間、土曜日の午後の油絵ルームが、私の最も幸福に満ちた時間でした。絵を描いている時が、私が私自身の王国に在ることができた唯一の時だったのです。先生のお家の庭には、いつも四季おりおりの花が咲いていました。その花をモチーフにして、子供たちは絵を描いていたものでした。

 夏休みに先生のところでいろいろな工作を作って、2学期のはじめに学校へ行くと、クラスの先生やみんなが、よく目をみはったものでした。私はその時「本当は、信一先生のところで作ったんだけどな」と思いながらも、どこかで誇らしく感じていたのを、今でも思い出せます。
 小学校4年生、5年生、学校がまるでおもしろくなくても、土曜日の半ドンの後、バスに乗って油絵ルームに行って描いた絵がよかったりすると、信一先生が母親に会った折などに「高校生の絵といっても、これぐらいですよ」と言って下さったりして、勉強のサエないのをよくなじられていた私が、唯一、両親に胸を張れたのがそんな時でした。
 小学校の卒業近くに、先生の2階のアトリエでキャンバスにドライ・フラワーを描いた時も、先生が
「R会の人が遊びに来た時にこの絵を見て、小学生が描いたなんてすごいねぇ、と言ってましたよ」
 と母親に言った時、私は本当に嬉しかったのでした。
「あなた、大きくなったら画家になりたいって言ってたんだよ」
 と、何度か嬉しそうに私に仰ったのも、思い出します。

 あの油絵ルームは、本当に自由に何でものびのび描かせて下さいました。学校で水彩画が選ばれなかった時も、
「いいじゃない、別に選ばれなくたって。あなたの方がいい絵だって、先生は思うよ」
 と言って下さいましたね。
 私があんなにも絵を描くことに幸福感を味わえたのは、信一先生が私の王国を、ただ微笑みながら見守ってくれたからだと思えてなりません。

 突然、信一先生が亡くなられたのは、私が中学校へ入学する直前でした。私はどっちにしろ、もう子供じゃないんだから、高校進学のために絵なんか描いている時間はないという、まわりからの半ば暗黙の判断によって、油絵ルームには通えなくなることになっていました。
 あれは私の王国を私が閉ざし、後にした時でした。「社会はそういうものだ。私はもう、絵を描いている年じゃなくなったんだな」という、ほとんど疑問もないままに自身の王国に離別を強いられた、ほんの幼女王だった私と、その王国の一番のやさしい後見人だった信一先生の死がまったく重なったことは、今にしてみれば何か大きな人生の符合だったのでしょう。

 私が美大へ合格した時に、なみ子先生から母にお祝いの電話があったと聞きました。先生はきっと、合格したのを天国で喜んでいて下さったのでしょう。私にはそれがわかりました。私が心からしあわせそうに絵を描いているのを一番喜んで見ていて下さったのは、信一先生でした。

 どうして今、古い応援者だった人を思い出すところで、すぐに信一先生のことが頭をよぎったのでしょう。こんなにも信一先生のことを細かに思い出すのは、これが初めてのことです。私と先生が二人だけで向き合って対話しているのがわかります。いつも私と先生の間には、母親がいたり、その他いろいろな人が誰かしらいましたし、それに私はまだ子供でしたから、先生とこうして対話することなど、到底ありませんでした。

 あれは、あじさいの花瓶ざしの絵だったと思います。やさしい虹色をした空間と花の溶け合った絵、やわらかい光に抱擁された小さい満たされた世界。先生の絵は、いつもパレットナイフでたっぷりと絵の具を塗り重ねるようにして、作られてゆきましたね。

 どうしてか、今はただ、私が心からしあわせに、没頭して絵を描いていたことこそが私の才能だったのだと、信一先生が教えて下さっている気がしてなりません。それこそが、まぎれもない才能なのだと...
 信一先生、私の王国をいつもやさしいまなざしで見守って下さって、本当にありがとうございました。私はあれから長い長い旅をして、奇しくも伯林で、あの王国を意識の明るみの中でとり戻し得たのでした。私があの中にいて、いつも木漏れ日のようにキラキラとふりそそいでいた光は、信一先生が与えて下さったものだったのでしょう。

 これからも旅をしてゆく中で、私の王国の香りを花々と共に感応した時、先生からいただいたあの光のきらめきも、きっと目にうつることでしょう。私はあの時、この上なく幸福でした。私の王国のすばらしさを誉めたたえて下さった信一先生、ありがとうございました。


**********

 読みかえして、ちょっと泣けた。また油絵が描きたくなった。


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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
私も若い頃、ある美術短期大学の通信教育課程で
油絵を学んだ時期がありました。

今思えば無謀な選択でした。なぜなら、私はどち
らかといえば、デザインの方が向いていたからで
す。でも、後悔はしていません。勉強よりも多く
の仲間を得たからです。

自分の世界を認めてくれる相手がいて幸せでした
 私は未だに皆無です
冷おろし
2009/09/20 18:26
>冷おろしさん
>デザインの方が向いていた
そうでしたか。私は逆に、デザイン専攻になりました。今にすると、まぁ物事なるようになってるんだなと思います。

>自分の世界を認めてくれる相手
冷おろしさんも、沢山いるじゃないですか!ブログを訪れてくれる方とか、みんなそうですよ。
最近、まず自分自身が自分の世界を認めないとはじまらないんじゃないか、とふと思ってます。
カラビ
2009/09/21 01:45
読んでいて、涙が出ました。
王国という言葉、きらきらと光が降り注ぐようなというイメージ。
毎週、バスに乗って、児玉から本庄へ通ったこと。
お母さんに話される先生の言葉。
子供は、照れながらも、きちんと聞いているのですね。

私も、子供たちに良い所を嘘でなく褒めてあげたいと思いました。

児玉のKSです。ブログのご紹介有難うございます。
pikaso
2009/09/22 10:52
そんな事があったのね、信一先生はカラビさんが頑張っていつのをいつまでも天国の上から応援していると思うわ。
私もいつの時か記憶にないけど、たぶん小学1ぐらいかな、先生に私の木版が親達の前でほめられいた事をふと思う出だしたわ、
カラビさんのまず自分自身が自分の世界を認めないとはじまらないんじゃないか、とふと思ってます。同感よ、私の場合、何か作品を作った時は自己満足の世界ね。
MASU
2009/09/22 14:38
>pikasoさん
ご訪問ありがとう御座います。
信一先生にご縁の方とお知り合いになれたのは、本当に不思議な巡り合わせです。信一先生のことを思い出し、また一つ「本当の自分」の一片をとり戻した気がしています。
次回帰国の際は、是非お会いしたいです。益々のご活躍をお祈りしております。

>MASUちゃん
>信一先生はカラビさんが頑張っていつのをいつまでも天国の上から応援していると思うわ。

ありがとう。MASUちゃん、いつもやさしいね。私は様々なやさしい人に恵まれてきたと思います。
今、私は自分の世界を認めるということを学んでいる最中です。自己満足でもいいんだよね。自己満足もできなかったら、寂しいよね。
カラビ
2009/09/23 11:29
パリで昔を思い出し、今度は王国で幼い頃を思い出しました。 
私も幼い頃から小学6年生までずーと絵を描いていたことを。 
2年間通った幼稚園で描いた私のスケッチブックは高さ30cm。家に帰っても気づいたら描いていたことを。
小学校ではいつも自分の絵が掲示板に貼られていて、貼られているのが当たり前だと勘違いしていたことを。
毎週土曜日の午後、電車に乗って3つ先の駅の絵の教室に通っていたことを。
いつのまにか描くことを忘れてしまったことを。
絵を描くことが文を書くに変わって、詩を書き続け、これまた気づいたら書くことから遠ざかってしまった自分を思い出してしまいました。
あなたのサイトは私にとって良い意味でのパンドラの箱のようです。
これから飛び出して来ることが何なのか楽しみ!
フミエット
2009/10/05 12:09
>フミエットさん

すごい!私たちは子供の頃、まったく似たような経験をしていたんですね。驚きです。
人はみな、一度失った本当の自分を一つ一つ思い出していくのだと思います。欠片を拾い集めるように。失うのは、見い出すためなのでしょう。
カラビ
2009/10/06 01:06

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