伽羅創記

アクセスカウンタ

zoom RSS フランツ・シュタングル 最後のインタビュー

<<   作成日時 : 2010/12/11 15:17   >>

トラックバック 0 / コメント 4

画像

  オーストリア出身でイギリスをベースに活動しているジャーナリスト、ジッタ・セレニーの "Into That Darkness"は、元ナチス親衛隊高官、ゾビブルとトレブリンカ絶滅収容所長フランツ・シュタングルの密着インタビューに基づいて書かれた本である。先日、久しぶりに部分読みしたが、やはり一番の山場はシュタングル最後のインタビューだろう。当時、シュタングルは終身刑判決に従いデュッセルドルフ刑務所に収容されていた。拙い訳で恐縮だが、インタビューを記しておきたい。
(なお、原文には発言中に言葉が途切れ長い沈黙があったり、セレニーによるシュタングルの表情の描写なども書かれているが、それは省略している)

*****

1971年6月27日

シュタングルの体調は弱まっていたが、この日は元気を取り戻したように見えた。

セレニー(以下、GS)「あなたはポーランドで何か知りえたことはありましたか?」

シュタングル(以下、FS)「はい。すべての人間は、人間であることの弱さからはじまっているということです」

GS「以前あなたは、多分ユダヤ人にとってあの悲劇は運命だったのだ、と言いましたね。運命というのは、神の意図ということですか?」

FS「そうです」

GS「神とは何ですか?」

FS「神はあらゆることの上に在るものです。理解することはできない。ただ信じることしかできません」

GS「トレブリンカに、神はいましたか?」

FS「いました。そうれなければ、あのようなことが起こりえるでしょうか」

GS「神は良きものではないのですか?」

FS「いいえ、私はそうは思いません。神は良きものでも悪しきものでもあります。しかし法は人間によって作られる。神への信仰も人間によるものです。本当のことは、わからないでしょう。ただ言えるのは、科学で解き明かせないものがあり、それは人智を超える何かだということです。
もし人間が神と呼び、目指すものがあるなら、それに到達する道は何なのか、あなたは知っていますか?」

GS「それは人それぞれではないですか。あなたに関してなら、真実を求めることがその道かも知れないとは思いませんか?」

FS「真実?」

GS「そう。自分自身と向き合うとか。手はじめとして、最近何かやろうとしていたことについて考えてみてはどうでしょう」

FS「私の良心は、自分がやったことをよくわかっています... 私は自分から人を傷つけたことはありません... でも、私はあそこにいた... そうです...
私が罪を背負っているのは、本当のことです。私の罪は... 私の罪は、今、ここで話している限りですが、はじめて自分の罪について話しました...
私の罪は、今、こうして、まだ、ここにいることです。それが罪です」

GS「まだ、ここにいるとは?」

FS「私は死ぬべきでした。それが私の罪です」

GS「死ぬべきだったのか、それとも死ぬ勇気をもつべきだったと?」

FS「そういう言い方もできます」

GS「それは今だから言えるのでしょう。しかし、あの時は?」

FS「それが真実です。私はあれから20年生き延びました。よい20年でした。でも、今は、このまま生きているより、死んだ方がいいと思っています... もう何も望むことはありません... とにかく、これで充分です。あなたと話したことをやり遂げたい。終りにしましょう。ここで」

*****

 フランツ・シュタングルはユダヤ人大量殺害の罪について、他のナチス戦犯のほとんどがそうであるように、公けには「私はただ自分の義務を果たしただけだ」としか述べていないとされている。
 このインタビューの19時間後、フランツ・シュタングルは亡くなった。死因は心臓麻痺だった。ジッタ・セレニーはこう結んでいる。

「自殺ではなかった。彼の心臓は弱まっており、余命わずかだったのは、すでにわかっていた。
しかし私は思う。彼は成すべきことをやったから死んだのだと。
短い時間ではあったが、ついに彼は自分と向き合い、真実を語った。それは、彼が本来あるべき人間に成りえた瞬間への、大いなる勇気だった」

 人生は一瞬々々の選択であると言えるが、人間の選択とは、私たちを選択させるものは何なのか、深く考えさせられるテーマだった。


 

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
最後に成すべきことを果たすために、寿命が待っていたような感じですね。

早死する芸術家等でも、後世残る作品を作り終えるや否や天国に旅立ったりしているケースがありますからね。
真奈
2010/12/12 22:37
>真奈さん
こういう話に触れる度、人間は自分の意志で寿命を終えることもあるのか、と思わされます。
人間の救剤とはなにか、にも関わる深いテーマです。
カラビ
2010/12/13 01:44
死ぬために、彼は赦しが欲しかった、そう感じました。
終わりにしたい、という 言葉が まぎれもない真実なんでしょう。
カーラさん、訳 ありがとう。
にしゆみ
2010/12/16 07:28
>にしゆみさん
>死ぬために、彼は赦しが欲しかった

そうだったんでしょうね。
刑罰とは、それを終えたら罪が赦される(社会上は)、という意味もあります。赦しというのは人間の救剤であり、これまた普遍的テーマです。
カラビ
2010/12/16 12:25

コメントする help

ニックネーム
本 文
フランツ・シュタングル 最後のインタビュー 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる