伽羅創記

アクセスカウンタ

zoom RSS あなたとわたしと復活祭

<<   作成日時 : 2013/03/30 12:49   >>

トラックバック 0 / コメント 4

画像

  今日Good Friday(聖金曜日)は、イエス・キリストのことを考えていた。2000年前のこの日、十字架の上で息途絶える間際にイエスは叫んだと伝えられる。

「エリ、エリ、ラマ サバクタニ (神よ、どうしてわたしをお見棄てになったのですか)」

 解釈はそれこそいろいろだけれど、これをどう受けとめるかが、その人とイエス・キリストとの関係をあらわすと言えるかも知れない。
 私は、イエスは人々から愛を仇で返された被害者としての自分を神に嘆いたのではないような気がする。イエスは人々を無条件に愛していた。しかし最後の最後でその愛に迷いが生じたのではないだろうか、と。磔にされる前から、すでに死ぬことは覚悟だったろう。死ぬまで愛を体現する、それが自分が存在する意味であった者が、愛する者たちからの仕打ちに一瞬でも呪いを思うことはなかっただろうか?もしそうなら、神の子であるはずの者にそのような邪心があることは到底ゆるされない。磔による肉体の苦痛をも凌ぐ、よるべない魂の叫びだったのではないか。

 エリ、エリ、ラマ サバクタニ

 神への信仰を疑った言葉ではなく、愛から離れた自分への絶望は、
「わたしはあなたの子ではなかったのでしょうか...」

 しかし、この時こそイエス・キリストは不完全なものとなり、私たち人間の最も深い悲しみを知る者となる。愛を知るには、愛ではないものを知らねばならないからだ。奇妙な逆説だけれど、私にはそう思える。(今の私には) だから、三日後に復活するイエス・キリストは完璧なのだ。
 Good Fridayに教会で流れる曲の定番はバッハの「マタイ受難曲」あたりだろうが、なぜか私は松任谷由実「春よ、来い」を聞いて、沁みるような復活を感じた。

 今度のイースターはちょっと特別だよ。復活するよ、あなたもわたしも!





テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです!
カーラビンカさんの文章を読んだ後に「春よ、来い」を聞いたら、
何故か「春」が「神」でもいいのではないかと思いました(^^;

イエス・キリストの言葉についての解釈はちょっと意外でした。
磔を覚悟していたイエス・キリストなのに、どうして神への嘆きを
発したのかと以前から理解できなかったからです。参考になりました。
冷おろし
2013/03/31 12:14
冷おろしさん、こんにちは。

>「春」が「神」でもいいのではないかと
まったくそれが私も感じたことで、日本人は自然の中に神を見ていた民族ですから、「マタイ受難曲」より「春よ、来い」の方が私にはしっくりきました。
>イエス・キリストの言葉についての解釈
私の解釈ですのでね。私とイエス・キリストの関係をあらわしているというか。冷おろしさんはどんな解釈をされるでしょう。興味ありますね。よい復活祭を!
カラビ
2013/03/31 14:11
この曲とイースターと結びつけることが出来なかった・・・
すごい。。。目からうろこです。
カーラビンカさん、冷おろしさん、ありがとう・・・
毎年、イースターには聴きたい。そう思います。
私なんぞが、キリストの受難について、つたない想像力でいくら考えても、まったくだめ・・・
だから風に吹かれて、春の野花を愛でながら、復活の喜びに感謝するだけです。
にしゆみ
2013/04/10 02:08
>にしゆみさん
>春の野花を愛でながら、復活の喜びに感謝するだけです。

いや、アーサー・ホーランド氏もいつも言ってますが、それが一番神さまを感じてることなんだって!
このイースターはマジでパワフルだよ。こんなにビンビン来たことないです。にしゆみさんもファミリーもみんな復活よ!
カラビ
2013/04/10 09:21

コメントする help

ニックネーム
本 文
あなたとわたしと復活祭 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる