伽羅創記

アクセスカウンタ

zoom RSS 物言わぬ微笑

<<   作成日時 : 2015/02/01 09:57   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像

  ふと思い出したことがある。あれは昭和最後の年だったと思う。週2回通っていたドイツ語のクラスに、参議院の書記係をやっている男性がいた。年は30歳になったばかりという頃、真面目そうなもの静かな人だった。1度だけ、授業の後、クラスの数人で喫茶店へ行ったことがあった。私はじめみんな学生で、その男性が一番年長だった。

 大韓航空爆破事件からしばらく経っていて、その話題が出た。私は当時、ご多分に漏れずかなりサヨク的な考え方だった。一刻も早くこんな日本から飛び出したいと思っていて、ドイツ語もその一環としてやっていた。(あまり真面目ではなかったが) 今思うと、ひどく国家不信だった。
 そんなだから、政府はいつもグルになって国民を欺こうとしていて、大韓航空事件の報道もなにか陰謀を隠そうとしているにちがいない、というようなことを話したと思う。参議院書記係の彼は、落ち着いて私の話を聞いていた。だが、なにかの拍子に一言、
「知っていますか。共産主義者は、日本に外国の共産主義勢力を引き入れて、革命を起こそうとしているんですよ」
 と言った。私は一瞬呆気に取られた。この人、なにを脳内妄想してるんだろう。信じられん...本当にそう思った。それで、政府の陰謀に騙されてはいけない、最近、変テコな法案をバンバン通そうとしているじゃないか、土井たか子氏ぐらいしか、それに立ち向かっている人はいない、とワイノワイノあることないこと反論した。書記係さんは、私に言い返すことはしなかった。ただ一言、「あなたはよく新聞を読んでいますね」と言って、ふっと微笑んだ。なにか諦めたような、自分の意見は聞き入れられないものなのを充分知っているような、そんな静観した風な微笑みだった。

 四半世紀経った今、彼の方が正しかったと私は言わねばならない。すでに北朝鮮による拉致被害者が多数いることを、政府は把握していた。それを知っていた政治家、議員はいた。彼も話を聞いていたのではないかと思う。しかし、そういう人たちの声は報道されることはなかった。マスメディアのほとんどは、それを公けにされたくない勢力の側だったからだ。(土井たか子氏の党はその勢力の側だった) 
 経済界は「親米自由主義」、学術・教育会は左翼系で、インテリや良心派は左翼思想、という認識(あるいはファッション)が今よりもずっと行き渡っていた時代だった。左翼思想を批判することは、自由、平等、平和という絶対の善に異議を唱えることになる。自由、平等、平和を掲げていれば子供から年寄りまでみんな納得する(せざるをえない)から、思考を掘り下げることをしないまま、私も含めた日本人の多くはずっと過ごしてきてしまったのだ。

 真実を知らなかったのは私の方だった。知るすべがなかった。だが真実が証明されていても、拒絶していただろう。人間はえてして、自分の信じるものしか見えず、聞こえないものだから。
 時代は変わったが、当時の私のような人間はまだ多くいる。そういう人に会った時、昔、書記係の彼が私に見せた物言わぬ微笑を、今度は私が浮かべていることがある。物言えば唇寒し、いくら言ったところで相手に理解されないと知る、そんな心情からの微笑だ。

 あの若い書記係さん、名前も憶えていない彼は人間ができていた。私なら悪態の一つもつきそうなところを、「あなたはよく新聞を読んでいますね」と、莫迦にする風でもなく、落ち着いた面持ちで言った。それが紳士的であっただけに、彼の物言わぬ微笑は今、透明な決まり悪さをもって思い出される。




テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
物言わぬ微笑 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる