伽羅創記

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zoom RSS 1989 Berlin - Beijing

<<   作成日時 : 2015/10/15 10:43   >>

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  ベルリンで通っていたドイツ語のクラスに中国人の留学生がいた。シュウ君といったが、どんな漢字だったかは憶えてない。シュウ君はとぼけた味のあるキャラクターだった。一度、コロンビア人のクラスメートの家で、シュウ君が料理の腕をふるったことがある。中華鍋を器用に振り、野菜炒めや日本でいうところの天津丼をつくってくれた。火加減が実に手馴れていて、料理下手の私は感心して見入っていた。
 夏至が近づき、白夜のように夜が蒼くなったある日、教室でシュウ君が珍しく思いつめた表情をしていた。
「どうしたのさ?」
 私はシュウ君の肩をいつもの気軽な調子でポンと叩いた。
「北京の天安門で、僕の友達がずっとデモに参加してる。昼も夜も寝ないで広場を占拠してる。政府はとうとう戒厳令を出した。友達のことを考えると心が痛んで、物も食べられない」
 そう言って彼は胸を押さえた。天安門広場の映像はドイツのテレビニュースでも目にしていたが、私は、中国で学生運動が激化して政府と揉めているらしい、ぐらいにしか思わなかった。それより1989年のあの夏は東ドイツから国境を越え、ハンガリー、オーストリアを抜けて西ドイツに流入してくる人々で膨れ上がり、そっちの方に注目が行っていた。
 天安門には軍の装甲車が出動して、デモはいつの間にか鎮静化していた。ドイツ語クラスも修了し、その後、シュウ君がどうしたかはついぞ知らない。

 先頃、日本の国会議事堂前で安保法制に反対するデモ集会があった。その中でひときわメディアに取り上げられていたのは、学生達の団体だった。彼らに合流する形で知識人と呼ばれる人達も反対を叫んだのであるが、その際、安倍首相に対する「バカか嘘つきか」「お前は人間じゃない」などの聞き苦しい罵倒が飛び交った。それについて中国国籍から日本国籍に帰化した評論家の石平氏が述べていた言葉に、私は心を突かれた。

『今から26年前、私の世代の多くの中国人青年が北京の天安門広場でそれこそ命がけの民主化運動を展開した。しかしわれわれは、本物の独裁者のケ小平に対しても「お前は人間じゃない」といった暴言を吐いたことはない。
われわれはただ、民主化の理念を訴えただけだった。だから、民主化運動がケ小平の解放軍に鎮圧されたとしても、われわれには誇りが残った。
 民主主義社会の中で「鎮圧」される心配のない日本の反安保法案運動に参加している皆さんも、このような誇りを持ってしかるべきではないだろうか』
 
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 1989年、ベルリンにいたシュウ君の友達も北京の天安門広場で命をかけて民主主義の自由を求めていた。数十年も経って、中国共産党が人民解放軍を出動させ、自国民に無差別に発砲し殺害したことを私は知った。当時300人程度と発表された死者数も、実際はその10倍近くともいわれている。
 「鎮圧」された後の天安門広場には、毛沢東肖像と睨み合って立っていた「民主の女神」像が無残に砕け横たわっている。どんな武力をもってしても抹消できなかった人間の誇りが、白い体の放つ微光となって私の胸をうつ。












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