伽羅創記

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zoom RSS 鎮守の杜と夏祭り

<<   作成日時 : 2016/07/25 09:41   >>

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  七月に入って、朝方に神社へ行ってみると、鳥居の前にで〜っかい輪がかかっていた。脇に看板が立っている。

【 茅(ち)の輪−茅草(かやくさ)で作られた大きな輪−は、正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)に使用され、それをくぐることにより、疫病や罪穢が祓われるといわれています。くぐり方は「水無月の夏越しの祓いをする人はちとせの命のぶというなり」という古歌を唱えつつ、左まわり・右まわり・左まわりと、八の字を書くように三度くぐり抜けます。こうして、心身ともに清らかになって、あとの半年間を新たな気持ちで迎えるのです。
 茅の輪の起源については、善行をした蘇民将来(そみんしょうらい)が武塔神(むとうのかみ)(素戔嗚尊すさのうのみこと)から「もしも疫病が流行したら、茅の輪を腰につけるとの免れる」といわれ、そのとおりにしたところ、疫病から免れることができたという故事に基づきます。】

 くぐり方の図説もあった。へぇ〜、そんな慣習があったなんて知らなかった。面白いなぁ。もちろん、くぐらせていただきましたよ!
 神門のまわりでは近所の方々だろうか、みんなで草むしりをしていた。古来から日本の町村にはその土地を護る神社があって、木立にかこまれた住民の集会場の役割もあった。私が子供の頃、この神社にも日当たりのいい小屋があり、そこでいつも年寄りが集まり日がな話をしていたけれど、今はもう小屋はなくなっている。



画像 月の中日(なかび)に夏祭りがあった。見るのは高校生の時以来だ。前日、町中の通りに白い御幣(ごへい)を吊るした縄を張り巡らせる習わしで、隣組みんなで自分の家のある区画に「御幣はり」を行う。30年以上も不在だった私は「どこの人?」なんて聞かれたけど、私だとわかるとみんな驚いて集まって来た。当時は「おばさん」だったご近所さんも齢をとり小さいおばあさんになっていて、懐かしさとちょっと切ないのとで、私はあらためて長い年月が過ぎたのを感じ入った。







画像 開けて翌日、昼過ぎに神社へ行くと、各町内の御輿が勢ぞろいしていた。ゴーストタウンみたいになってた町に、こんなに人がいたのかとびっくり!御輿は鳥居をくぐり、神門を抜けて町中(まちなか)へ。
 この町の夏祭りは喧嘩御輿と呼ばれ、盛り上がってくると御輿同士がぶつかり合い、怪我人が出る激しさで有名だった。今日日(きょうび)はずい分大人しくなっていたけど、それでも祭りの最後が近づくと、三つの町の御輿が組み合って、いなせな男衆が御輿に乗って音頭を取っていた。
 
 日本の国体とは、天皇を中心にいただく家族のような国づくりだった。小さい町のコミュニティまでそれは行き渡り、家族的なしがらみなど面倒くささもある反面、何かの時はみんなで協力してやっていく体制が自ずと在った。隣組みんなでやった御幣はり、けっこう楽しかったです。
 長い年月をかけて培われたその土地の生態系の中には、思いのほか、深く豊かな智恵がひそんでいるのではないだろうか。








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