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zoom RSS テーマ「旅行記」のブログ記事

みんなの「旅行記」ブログ

タイトル 日 時
レマン湖 虹の刻
  スイス、ジュネーヴ市は、さすがヨーロッパの金持ちが住んでいるだけあって、とても綺麗な街だった。ほぼ毎日初夏の晴天に恵まれ、気温は高いが湿度低く、まさに私の好きなあの気候だ!  レマン湖に流れ込むローヌ川は、途中で砂利や砂を拾い上げる作業があるらしく、そのため湖の透明度は驚くほど高い。 ...続きを見る

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2017/06/30 00:28
アルプの山と湖畔の町
  仕事のお手伝いで、スイス、ジュネーヴへ行った。市内観光はあまりできなかったけれど、半日ばかり時間が取れたので、国境を越えたフランスにあるアヌシーという町へ足をのばした。  湖(アㇴシー湖)沿いにアルプ山脈を見上げ、旧市街に中世の石造りの建物が残っている。町中を流れる運河も小じんまりとして綺麗な景観をつくっている。 ...続きを見る

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2017/06/29 15:07
会津若松、彼岸花の頃
  八月の佐渡の叔父御の墓参りにつづき、この秋の彼岸は父と一緒に、母方の祖父母の墓参りに会津若松市へ行って来た。私は小学生時分、夏休みはほぼ毎年、会津若松で過ごした。最後に行ったのは祖父の一周忌で、あれから三十年以上経っていた。 ...続きを見る

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2016/09/30 23:59
佐渡 −晩夏夢語り 4
     よく晴れた朝、義叔母にお供をして叔父御の墓参りへ行った。墓は佐渡畑野町本光寺にある。よく清掃されたお寺の、小じんまりとした日あたりのいい墓地だった。ここのご住職が叔父御の接骨鍼灸院に患者さんで来ていたことがあり、とても気が合って、また本光寺は実家と同じ日蓮宗だったから、叔父御は死んだらご住職のところでお世話になりたい、と言っていたのだそうだ。  本光寺は佐渡に流されていた日蓮が、弟子の日朗が運んできた鎌倉幕府からの遠島赦免状を手にした場所に建てられたというお寺だった。 ...続きを見る

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2016/09/05 16:21
佐渡 −晩夏夢語り 3
  八月の佐渡は、能楽好きにはたまらんなー。なんたって、島のあちこちで薪能や夜能を催していて、しかもそのほとんどが神事として奉納する意味があるため無料だというのだ。  この日は、金井能楽堂の世阿弥供養祭能楽大会へ行った。 ...続きを見る

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2016/08/30 16:13
佐渡 −晩夏夢語り 2
  百敷(ももしき)や 古き軒端(のきば)の しのぶにも      なほあまりある 昔なりけり ...続きを見る

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2016/08/27 02:27
佐渡 −晩夏夢語り 1
  わが叔父御 が故人になり、はや4年が経つ。私はニューヨークで訃報を受け、葬儀には出られなかった。帰国したら墓参りに行こうと思っていた。叔父御の墓は佐渡ヶ島にある。  今は上越新幹線で群馬県の高崎から新潟まで75分程度になった。「国境の長いトンネル」の時代は遠くなって久しい。 ...続きを見る

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2016/08/24 20:08
ナバホの聖地 アパッチの弥盛地
  夜明けのモニュメントバレーは寒かった。気温は0℃をちょっと超えたぐらい。5月上旬である。そのかわりというのも変だが、空気は澄み切って朝の冷涼な匂いが素晴らしく濃かった。一対のミットに例えられる右ミトン、左ミトンの岩山の間、水平になびく雲が光を孕んでいた。光はみるみる円形に輝きを増していき、やがて太陽が地平線までつづく乾いた大地を明るしめた。その時、私たちは無言のうちに理解する。ここは聖地だと。 ...続きを見る

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2016/05/27 12:56
アンテロープキャニオンじゃ、ため息ばかり
  ネバダから車でアリゾナへかう砂漠に雨が降り、虹がかかった。砂漠、雨、虹、私などには、めったにお目にかかれない風景だ。アンテロープキャニオンへの旅は、すっかり幸先がよかった。  アンテロープキャニオンはロウアーとアッパーがあって、ロウアーの方は鉄砲水による死亡事故も起こったため、少しでも雨が降ると閉められてしまうという。この日、朝の数時間は閉められていたが、ちょうど私たちが着いた頃には雨が止み、見学が再開された。私たちには、砂漠の虹の幸運がついていた! ...続きを見る

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2016/05/23 13:53
スケールが違う!Grand Canyon
 アメリカにいるうちにグランドキャニオンは見ておいた方がいいと思い、先日行ってきた。アメリカ旅行といえばここ、という人気観光地で、そんな騒ぐほどのもんかいな、と半信半疑だったけど、行って見てわかった。いや〜、すごい!スケールが違う!  グランドキャニオンの上は一様に平らだ。そのため、一体自分は高いところから見下ろしているのか、それとも自分の立っているところが地平で地球の谷底をのぞいているのかわからなくなる幻覚が生じる。 ...続きを見る

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2016/05/22 03:20
U.S. Capitol Washington DC
  もうすぐ長年住んだニューヨークを離れて帰国するので、今まで見聞していない米国の他の土地へ行ってみることにした。まず東海岸の近いところということで、首都ワシントンDCへ行ってみた。もう感想を述べてしまうと、あまり感動するようなものはなかった。1泊だったのだが、なんとなくニューヨークにホームシックみたいな気分だった。  とりあえず、目についたものだけを記しておこうと思う。お決まりの国会議事堂からワシントン記念塔を通り、リンカーン記念堂への道のりを歩く。政府機関の大きな建物が整然と並んでいて... ...続きを見る

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2016/05/16 14:27
San Jose 日本町
  この週末、西海岸のサンノゼへ行って来た。のんびりした空気の綺麗なところで、道の向こうに山がたっているのがまず目に飛び込んできた。日本の実家も、こんな風に山が見えていたのを思い出した。どこまでも平野がつづくニューヨークに、知らずしらず目が慣れてしまっていたのだなぁ。    サンノゼにはそれなりの日本人人口があり、日本人学校もある。「日本町」と旗が立った大通りには、日本食レストランが並んでいた。なんとも控え目な日本町で、けなげな雰囲気ですらあった。昔行った時、サンフランシスコのジャパン... ...続きを見る

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2014/05/20 13:39
パラダイスの客 −Las Vegas
 ラスベガス大通りのコンビニストアのレジの列で、前に立っていた男が私をじっと見た。 「チャイニーズか?」  ウィスキーの小瓶を持っている。酒くさい。アル中か。 「ジャパニーズよ」  男はふっと笑った。 「わかりゃしないさ」  相手にしたくないので目を合わせなかったが、相変わらずどんよりした目で見られているのがわかった。 「Why Las Vegas?(なんでラスベガスへ?)」 「仕事」  酔っ払いは鬱陶しく、私は顔をそむけた。レジが男を呼んだ。 「邪魔して悪かったな」 ... ...続きを見る

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2013/03/01 10:40
春の嵐 去りて花
  天気が荒れて船が出ない恐れがあるというので、予定より1日早く隠岐を出た。米子に一泊し、翌日飛行場へ行くと、なんと羽田行き便がことごとくキャンセルになっている。カウンターで聞けば、東京の方はけっこう強風が吹いているという。次の日、実家でどうしてもはずせない用事があったので焦った。 「これから嵐が南下してくるようです。今日の飛行機は難しいところですね。もし何でしたら、新幹線の方がいいかも知れません」 「うーむ...」  20分ほど考えた。こういう時はグズグズしているとさらに事態が悪化するも... ...続きを見る

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2012/04/28 13:18
西ノ島にて 〈其のニ〉
  浦郷の船着場前にある岸本旅館で、日本海の美味しい魚料理をご馳走になりながら、ご主人の岸本さんから島のことをいろいろ聞いた。 「明日は遊覧船に乗れるでしょうか」 「どうですかね。国賀海岸は西北の風が吹くとダメなんですよ。南東の風なら、多少強くても大丈夫なんですけどね」 「悔しいなぁ。明暗(あけくれ)の岩屋には、どうしても行きたいんですけどね」 「ちょっと難しいかな。日本海は三角波いうて、とがってて荒いんですよ」 「そうですか。よそ者の無知で、日本海を甘く見てました」 「6月が一... ...続きを見る

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2012/04/23 14:02
西ノ島にて 〈其の一〉
  七類港で隠岐汽船の切符を買った。うす曇りで肌寒い朝だった。船客の多くは地元の人のようで、2等船室に乗り込むやいなや、みんなさっさと陣取り毛布をもらって横になった。そういえば、昔、佐渡にいる叔父御を訪ねに行く時乗ったフェリーもこんな感じだったな。  波は穏やかで大きな揺れはほとんどなく、よって船酔いも免れ、時々うとうとしながら2時間ぐらいで隠岐の島影が近づき、それから30分ほどで西ノ島の別府港に到着した。  まず船着場の横にある西ノ島観光協会へ行き、今回私の宿泊先を手配してくれたり、ニ... ...続きを見る

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2012/04/22 15:07
出雲再訪
  雨が降ったりやんだり、強い風の吹く天気の中、出雲大社へ行った。雨にけむる山々は幽玄で、こんな日の方が出雲大社のイメージに合うという感じがしなくもない。神社の門から参道に入る。まだ朝のうちだったからか、観光客もまばらだった。ここの参道は長くもなく短くもなく、これから参拝するという気持ちになってゆくには実にいい距離だ。雨に濡れた椿の赤い花がたくさん綺麗だった。 ...続きを見る

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2012/04/16 12:15
松江再訪
  米子の空港は「鬼太郎空港」という名になっていて、いきなり目玉親父の人形に出迎えられた。バスでJR米子駅に行き、松江方面行きの電車を待つプラットホームから、80年代ニューヨークの地下鉄グラフィティを彷彿させるようなファンキーな列車が目に飛び込んできた。よく見りゃ、ねずみ男と鬼太郎ファミリーだよ。 「なんなんだ、このゲゲゲづくし?」  誰かに聞いてみたかったが、合い向いに座っていたのは上品な老夫婦だったので聞きそびれた。 ...続きを見る

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2012/04/14 13:53
辻 邦生のいないパリ
  8月真ん中の日曜日、パリへ行った。1993年以来のはずだ。オルセー美術館の印象派の絵の多くは、年月を経て発色が落ちていた。  素晴らしく天気のよい日で、ニューヨークと違い冷房のない地下鉄は、がまんできる程度に暑かった。4番線のオデオン駅から中世美術館、ソルボンヌ大を通りすぎ、パンテオンの白い大きなドームが正面に見えた。どんな歴史を持つ建物か知らない。敬愛する作家がある時は足早に、ある時はうつむいて歩いたであろう石畳のゆるい坂を、私はただ東へ向かっていた。 ...続きを見る

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2009/09/24 13:03
水の都のさぶらふ -Brugges, Oostende
  ヨーロッパで水の都なら、南のヴェニス、北のブルージュである。ブルージュという名にはなんともいえぬしっとりした情感が漂っている。その響きから、誰もが訪れてみたくなる。私もその口だった。ブリュッセルから列車で1時間を過ぎた頃、オランダ語(フレミッシュ)でアナウンスがあった。 「次はブリュッヘ、ブリュッヘ〜」 ...最後がへの字だとマヌケに聞こえるのは、日本人の耳だからか。ブルージュとは、フランス語読みらしい。  南国とは異なる微かに冷たさを帯びた青い夏空に、清んだ鐘の音が吸いこまれてゆ... ...続きを見る

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2009/08/29 12:05
スフィンクスの左眼 -Brussels
  ブリュッセル滞在中は天気に恵まれ、ほぼ毎日青空の広がる夏日よりだった。ベルギーの王立美術館には、一度行きたいと思っていた。理由は、クノップフ作「Les Caresses」の実物を見たかったから。今回それが実現するはこびになったので、とても嬉しい。  美術館へ行く前に、「不思議な国のアリス」に出てきそうな庭のある王宮を通った。(写真トップ) ここは夏の間、一般公開されている。いやはや、おびただしい数の巨大シャンデリアが垂れ下がった大広間はすごい、圧巻だった。マドリッドの王宮を見た時も... ...続きを見る

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2009/08/27 10:30
路地の素敵な劇場- Brussels
  ブリュッセルへ着いた8月15日、当地は聖母被昇天祭とやらの祝日だった。北駅前はゴーストタウンみたいに静まりかえっていたものの、グラン・プラスは人が溢れていた。今まさに観光シーズンのピークだからねぇ。  グラン・プラスは四方をゴシック様式の建物で囲まれた広場だ。噂にたがわず壮麗といえば壮麗だが、こうどこもかしこもゴテゴテしてると、息がつまるような感じをうけないでもない。 ...続きを見る

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2009/08/26 11:24
昼下がりの散策 -ルクセンブルク旧市街
  ブリュッセルの空港に着いたその足で、ルクセンブルクへ直行した。IC(インターシティ)で3時間弱、ルクセンブルク(フランス語でリュクサンブール)の中央駅に着く。聞こえてくるのは、フランス語とドイツ語。こんな機会でもないと、まず訪れることのないところだ。駅前のホテルにチェック・インを済ませ、真昼の太陽に照らされた大通りを北に15分ほど歩くいてゆくと、旧市街が見えてきた。 ...続きを見る

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2009/08/24 10:03
ヴィパッサナー瞑想 Satipatthana Sutta  
  今年はまとまった休みがとれたのは8月で、その時期にサティパッターナ・コースがあるのは、一番近いところでベルギーのヴィパッサナー・センターだった。以前からベルギーには訪れたい美術館があったから、観光も兼ねて行ってみることにした。  サティパッターナ・コースの参加条件は、10日間コースを3回以上やっている生徒となっている。(私は昨年末のスリランカで3回目) 一体サティパッターナってなんのことなのだろう、10日間コースとどうちがうのだろう、と興味しんしんだった。  センターはベルギー東部の... ...続きを見る

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2009/08/23 11:04
つきあたり、インド洋 −See You Again, Sri Lanka
  12月31日、朝早く起きて、ホテル2階のテラスで朝食を食べた。橙色の実をつけたキングココナッツの木から木漏れ日が射して、実に爽やかな気分だった。それにしても、大晦日という気分がまったくしなかった。真っ白いカード(ヨーグルト)にキトゥル・パニというシロップをかけて食べたのがものすごく美味しかったと熱く語ったら、ホテルの人がわざわざ用意してくれていた。スリランカは食べ物が美味しいね〜と言ってガバガバ食べると、スリランカ人は喜んだ。お世辞ではなくイケた。味つけに技巧など凝らさなくとも、素材そも... ...続きを見る

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2009/01/24 14:56
廃墟、あるいはニルヴァーナ −ANURADHAPURA
  電線で翡翠(カワセミ)が羽を休める田舎道の突きあたりに、ルワンウェリ・サーヤ大塔は座していた。真っ青な空に映える純白が美しかった。遺跡周遊券を見せて、敷地内へ入る。一体、この巨大なダーガバ(仏塔)の中には、何があるのだろう。もしかしたら仏教思想のごとく、中はまったくの空、空こそすべてであるのかも知れない。  ダーガバの落とす影で、参拝に来た人々が祈りを捧げていた。パーリ語かサンスクリット語がまたはシンハラ語か、呪文のような音調は催眠術に似て、この白亜の大塔もまた、強烈な太陽光の成せる蜃... ...続きを見る

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2009/01/20 08:33
灼熱の聖都 −ANURADHAPURA
  私がスリランカ旅行で一番楽しみにしていたのは、アヌラーダプラだった。2500年前、この国で最も古い都があった土地だという。   スリランカに到着した日から数日は雨だったのだが、その後はカラカラ天気に恵まれ、ことにアヌラーダプラは暑かった。だが私は暑くても乾燥気候ならたいていOK、到着した日にホテルの貸し自転車でもって、早速遺跡地区へと出発した。 ...続きを見る

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2009/01/19 05:51
来た、見た、登った −SIGIRIYA
  実は、最初の旅行スケジュールには、シーギリヤは入っていなかった。滞在期間の3分の2が瞑想コースだから、シーギリヤまでは行けなそうだ、と思ったのだ。スリランカ行ってシーギリヤ外すの?って聞かれるかも知れないが、ダンブッラの見どころが石窟寺院だけと同じで、シーギリヤも美女の壁画がある岩山っきゃないみたいだし。(厳密にいえば、マイナースポットでいいところがあるかも知れないけど) ワタクシ的には「名所がひとつだけのところで1日かけるより、広い遺跡地区のあるアヌラーダプラで思索にふける方が渋いんじ... ...続きを見る

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2009/01/16 11:36
岩戸の涅槃仏 −DAMBULLA
     旅行前に手配しておいたツーリストカーで、キャンディからダンブッラへ向かった。ディーゼル車が多いからか、開け放った窓から排気ガスが容赦なく入ってくる。しばらく走ると、その匂いで頭痛がしてきた。  2時間ぐらいで、ダンブッラの町に着いた。ダンブッラって石窟寺院以外はなにもないところで、着いた途端、ここにまた来ることなんてないだろうなァと思った。早々ゲストハウスで一晩の部屋を確保し、有名な石窟寺院へと炎天下を歩いて行く。   ...続きを見る

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2009/01/13 09:49
聖、生、カオス −KANDY
  瞑想コースを終え、12日ぶりにキャンディに戻ってきた。ホテルの前で、スリーウィーラーのサリムさんに会う。 「よう、山篭りはどうだった?街に行くんなら、乗りなよ」  散歩がてら歩いてもよかったが、挨拶がわりに乗ることにした。 「天気がいいから、仏歯寺がきれいに見えるよ」  サリムさんは、対岸を指さした。 「ところでアーユルヴェーダのマッサージは好きかい?ホテルのは高いからな。ダチがやってるところ紹介してやるよ。俺って良心的なスリーウィーラーだろ。ダチんとこも、良心的な値段さ」 ... ...続きを見る

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2009/01/12 04:47
雨の古都、仏歯寺 −KANDY
  仏歯寺に向かう朝は、前日からの雨空だった。天然パーマがきつくなっているので、湿気が多いとわかる。ホテルからキャンディ湖に沿った道に出る時、痩せてヒョロっとしたオヤジに声をかけられた。 「スイス・ホテルのお客さんね。ワタシ、厨房で働いてる者です。今日は休みで、今からお寺行くの。うちのお寺、有名なお寺よ。今日は特別参拝日なのよ。滅多にないことだから、お参りしたらどう?写真OK、ワタシが案内しますよ。今日はラッキーよ」  ヒョロオヤジは前歯のない口を開けて笑い、目の前にある石段を指さし... ...続きを見る

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2009/01/10 05:53
ヴィパッサナー瞑想 スリランカにて
  明けましておめでとう御座います。元旦にNYへ帰ってくる予定でしたが、アクシデントがあり2日に帰ってきました。なにはともあれ無事でした。本年もよろしくお願いいたします。 ...続きを見る

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2009/01/05 09:00
スタッテン島 サマータイム
  本当に、10年ぶりぐらいにスタッテン島へ行ってきた。マンハッタン南端にあるフェリー乗り場は、改築されてとてもモダンになっていた。スタッテン島行きのフェリーは無料で、だいたい30分毎に出ている。行ったらJFケネディ号が待っていた。観光客が沢山乗っていた。かく言う私もデジカメでパシャパシャやっているから、観光客みたいなものだが。乗り込んで5分もしないうち、フェリーはさっさと船出した。昔乗った時はWTCが見えたけれど、あの姿はもうない。 ...続きを見る

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2008/08/27 11:01
東京ノスタルジア
  今はどうか知らないが、わが家では大晦日が近づくと、元祖ブランド志向だった叔母が三越デパートへおせち料理を買いに行くのが恒例だった。子供の頃、私もよくお供に連れて行ってもらった。なにか好きな物を買ってもらえるので、嬉しかった。この師走の想い出は電車に乗って2時間、まず上野駅到着からはじまる。  上野駅中央改札にあるこの壁画(写真トップ)、懐かしすぎ!今でもこれがあることが、私には感動的だ。昔はもっと構内がうす暗くて、大きな荷物を持った、上野発の夜行列車♪で帰省する人たちがいて、この壁画も... ...続きを見る

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2007/12/31 12:31
出雲から東京、ヘルン氏
  羽田へ向かう飛行機が雨に濡れた滑走路に走り出た時、空の旅特有のセンチメントに包まれ、私はこの三日間に出雲で出会った様々な光景を、窓についた水滴を数えるように一つ一つ思い出していた。  飛行機は離陸すると、ものの3分もしないうちに厚い雲をぬけた。三日ぶりに太陽を見た。あまりの眩しさに顔を背け窓から後ろを振り返ると、さっきまで私がいた土地は雲に閉ざされ、跡形もなく消えていた。その時だった。私の中で出雲の光景が、古雑誌の写真のように生彩のない平坦なものになってしまったのを知ったのは。慌ててデ... ...続きを見る

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2007/12/30 13:54
出雲路 −日御碕
「どこまで行きなさる?」   出雲大社裏手でバスを待っていた時、白髪の老人に話しかけられた。 「日御碕(ひのみさき)です」 「日御碕神社へお参りですかね」 「はい」 「ご存知でしょうが、あそこに奉られているのは、スサノオノミコト(素盞鳴尊)とアマテラス神です。スサノオはアマテラスの弟といわれますが、私は違うと思うんですね」 「というと?」  老人はゆったりとした口調で続けた。 「二人は夫婦だったと思います。二人の間には子供がいますから。その一人が、ここ出雲大社のオオクニヌ... ...続きを見る

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2007/12/24 12:25
出雲路 −出雲大社
  あの不思議な風景を、なんと表現したらよいだろうか。それはさながら、四方を雲に閉ざされた異空間だった。西も東も消え、太陽は終始隠れているため、時間の感覚すらなくなる。明け方とも薄暮ともつかぬ影を落とす道を、私は出雲大社へ歩いて行った。静かだった。絶え間ない観光客の足音もざわめきも、この世のあわいに漂う空気に吸い込まれていた。    出雲は古からいわくのある土地だった。出雲大社(土地では「杵築の大社」と呼ぶ)が奉っているのはオオモノヌシ(大物主命)=オオクニヌシ(大国主命)だ。神話によれ... ...続きを見る

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2007/12/17 12:08
出雲路 −松江
  福知山駅から実家に電話をすると、母親が出て「大変大変!」と騒いだ。一昨日、父親が脳管梗塞を起こして入院したと言う。早く病院へ行ったので大事には至っていないが、3日間は絶対安静だそうだ。よりによってこんな時に、なんてこと...。  実は瞑想合宿中の8日目、変な予感が頭をよぎっていた。家に電話をすると「大変大変!」と言われるのだ。妙な考えが浮かぶものだと思ったら、このことだったのか。直感的にだが、父親は大丈夫だと思った。しかし心配は心配だ。山篭りも終えての楽しい旅行気分がにわかに曇った。そ... ...続きを見る

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2007/12/12 11:53
京丹波の山篭り−ヴィパッサナー瞑想10日間
  5年ぶりの帰国は11月19日に成田着、翌20日に京都へ向かった。京都といっても、最終目的地は丹波の山中のヴィパッサナーセンター、10日間合宿瞑想コースに参加するためである。  東京駅発新幹線に乗って1時間程、綺麗に富士山が見えた。 「三国一の富士の山 麓に見える一村は つけた名前も山本村〜」、廣澤虎造がダミ声で唸っていたのを思い出し、清水の次郎長親分の地元に入ったとわかる。なにをかくそう、私は生まれてこの方、箱根の山から西へ行ったのは3回だけ(うち2回は修学旅行)で、今回は記念すべき... ...続きを見る

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2007/12/10 04:32
ベルリン −追記
 7年前にとある場所で書いたものだが、誤字等直して、ちょっと長めだが追記として載せておこうと思う。しかし今読むと、高飛車というか...まだ若かったのネー、恥。 ...続きを見る

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2007/09/18 13:39
ベルリン 2007 −その3
 陳腐な言い方だけれど、今回のベルリンは私にとって「青春墓参り」みたいな意味もあった。多分に。日本を飛び出てドイツ入りした日、昭和天皇が崩御された。それから5年あまり、二十代の半分をベルリンで過ごしたのだが、今にして自分に青春期と呼べるものがあるなら、あの時代しかないだろう。しかし当時は「これが青春だ」などという実感はまるでなく、ただあてどもなく迷走していた、というものだ。あんな暗い年には二度と戻りたいと思わない。それなのに時々あの頃のことを、胸にこみ上げる懐かしさをもって思い出す。  ノ... ...続きを見る

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2007/09/17 10:33
ベルリン 2007 −その2
 今回ベルリンへ行って、まず初っ端の感想は「これはヴァイマール・ベルリンの復活だな」というものだった。  ベルリンが壁で東西に分断される前、シュタットミッテという地下鉄の駅があった。Stadtmitte−街の中心という意味で、名前のとおり、ここがベルリンの中心地だった。ベルリンが東西に分断されていた時代、西ベルリンの地下鉄6番線は、壁の下をくぐり、東エリアを通過して、また西エリアに抜けた。チェックポイント・チャーリー(東ベルリンへの検問所)のある壁際の駅がコッホシュトラーセという駅で、ここ... ...続きを見る

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2007/09/09 23:56
ベルリン 2007 −その1
 13年ぶりに行ったベルリンは、中央駅が旧東ベルリン地区のレールター駅になっていた。まるで空港のビルみたいにモダンな建物で、「はぁ、やっぱり変わったなー」と思った。かつて西ベルリンの中央駅だったツォー駅は、夜にもなると周辺はしんみりしてしまっている。ベルリンの壁が開いたのが1989年、ドイツ再統一が1990年、以来、急ピッチで都市再興が進み、今やベルリンの中心地は完全に旧東地区に移ったようだ。 ...続きを見る

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2007/09/07 11:16
旅行記 −アムステルダムの半日
 8月30日にNYを出発して、アムステルダム到着が翌31日の朝だった。空港から市内へ向かい、中央駅に降りた途端の第一声は「寒い!」。あれはせいぜい17℃ぐらいだろう。  まず最初に、午後2時過ぎのベルリン行き列車の切符を買った。なんでわざわざアムステルダムに寄ったかというと、ゴッホ美術館へ行きたかったから。それだけ。もし時間があったら、街をぶらついてみようと思ったが、まずはゴッホ美術館へトラム(路面電車)で直行だ。トラムって雰囲気があっていいね〜。バスより好きだ。走り出すと、すぐに運河が見... ...続きを見る

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2007/09/06 13:21

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