冬至の湯

 冬至の日には、柚子を湯に浮かべる慣習がある。わが家でも、今夜の風呂場は湯けむりと共に柚子の匂いがたち上っていた。冬至から藺の節(いのふし)だけ伸びる(冬至から畳の目づつ日差しが伸びていく)という。新年の前に、冬至というのも新しいはじまりといえる。清々しい香りの湯で心あらたな気分になるのも、たいそういいものだと思った。
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琵琶にみちびかれて

  10月から琵琶を習いはじめた。かなり若い時から興味がある楽器だったが、長年外国で生活していたため、出会う機会はまったくなかった。今年帰国したので、ずっと憧れていた琵琶を習おうと思った。習うにあたり一番の鍵となるのは、やはり通える距離に先生がいるかということだった。  今の時代はインターネットが発達しているため、昔と違い、先生探…
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11月の初雪

  11月の初雪は東京では54年ぶりとか、朝からニュースで騒いでいた。ぼたん雪が降っていたけど、午後になって止んだよう。シベリア寒気団とやらで、寒いことは寒い。  この間近所で見つけた花、大輪で花弁も夏の花のように軽やかだなぁと思っていた。今日は雪をかむってしまい、ちょっとかわいそう。  地元の喫茶…
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小さな町の秋祭り

  先週、町の秋祭りが催された。いつもは静かな町のそこかしこで、山車から奏でられるお囃子が鳴り響いた。駅前通りを、四つの山車が順番に引かれて行く。素晴らしく明るい午後の空に、それぞれの町内の衣装がよく映えていた。  鼻筋に白くおしろいをひいた子供が太鼓を叩くのは、いつ見てもかわいらしい。この日のために、みんな夜…
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冬支度

  近所の家の柿の実も熟し、10月もはや明日で終わりだ。ここのところ、気温の上がる日下がる日が交互に来ていたが、日中暖かくても朝夕はだいぶ冷え込む。晩秋だなぁ。  うちの父、叔母は年寄りのくせに妙に寒さに強く、室内気温10℃以下でもへっちゃらでいる。私はというと、冬の寒さ厳しいニューヨークの暖かい室内に慣れているせいか、ここんちは…
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会津若松、彼岸花の頃

  八月の佐渡の叔父御の墓参りにつづき、この秋の彼岸は父と一緒に、母方の祖父母の墓参りに会津若松市へ行って来た。私は小学生時分、夏休みはほぼ毎年、会津若松で過ごした。最後に行ったのは祖父の一周忌で、あれから三十年以上経っていた。  父と高速道路を半分づつ運転し、正午に会津若松に到着した。父が母と一緒に最後に墓参りに来たのは…
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佐渡 -晩夏夢語り 4

     よく晴れた朝、義叔母にお供をして叔父御の墓参りへ行った。墓は佐渡畑野町本光寺にある。よく清掃されたお寺の、小じんまりとした日あたりのいい墓地だった。ここのご住職が叔父御の接骨鍼灸院に患者さんで来ていたことがあり、とても気が合って、また本光寺は実家と同じ日蓮宗だったから、叔父御は死んだらご住職のところでお世話になりたい、と…
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佐渡 -晩夏夢語り 3

  八月の佐渡は、能楽好きにはたまらんなー。なんたって、島のあちこちで薪能や夜能を催していて、しかもそのほとんどが神事として奉納する意味があるため無料だというのだ。  この日は、金井能楽堂の世阿弥供養祭能楽大会へ行った。  途中の道、義叔母が畑野にある長谷寺(ちょうこくじ)を案内して…
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佐渡 -晩夏夢語り 2

  百敷(ももしき)や 古き軒端(のきば)の しのぶにも      なほあまりある 昔なりけり 【現代語訳】 宮中の古びた軒に茂った忍ぶ草を見るにつけ          偲んでも偲びきれないのは、懐かしさばかりの古きよき時代のことだ。  百人一首の最後の歌は、順徳天皇の作である。承久の乱で鎌倉幕府に敗れ、父である後鳥…
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佐渡 -晩夏夢語り 1

  わが叔父御 が故人になり、はや4年が経つ。私はニューヨークで訃報を受け、葬儀には出られなかった。帰国したら墓参りに行こうと思っていた。叔父御の墓は佐渡ヶ島にある。  今は上越新幹線で群馬県の高崎から新潟まで75分程度になった。「国境の長いトンネル」の時代は遠くなって久しい。  新潟港から佐渡の両津港まで、カーフェリーで2…
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ピアノを弾くのが楽しくなった時

  小学校へ上がる前からピアノを習わされた。強制的なものだった。はじめの頃は練習しろと母親にぴっぱたかれてやったものだから、すっかりピアノアレルギーになってしまった。私がいない間に、家のピアノに雷が落ちて木っ端みじんにブッ壊れればいいんだがなぁ、と思ってた。結局高校2年生までレッスンに行ったのは、ロクに練習しないで上達もしないのに金…
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浅草 夏の寄席

  長い間、一度行ってみたいと思っていた三遊亭圓楽一門会の寄席、願い叶って昨日行ってきた。場所は笑点でもお馴染みの浅草演芸ホール、何度か道を聞きながらたどり着いた頃には汗だくだくだった。覚悟していた日本の夏、しかし暑いよ~  この寄席は、三遊亭全楽さんのHPで見つけた。前売り予約の電話番号があったのでかけた…
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鎮守の杜と夏祭り

  七月に入って、朝方に神社へ行ってみると、鳥居の前にで~っかい輪がかかっていた。脇に看板が立っている。 【 茅(ち)の輪-茅草(かやくさ)で作られた大きな輪-は、正月から六月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)に使用され、それをくぐることにより、疫病や罪穢が祓われるといわれています。くぐり方は「…
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建仁寺垣と凌霄花

  駅前通りに面した実家は、建仁寺垣(けんにんじがき)という竹の垣根になっている。庭いじりが好きだったばあさまが趣味で建てたものだが、7、8年に一度は竹を新しくしなければならない手間と費用がかかって、結構な道楽物だ。今年、あちこち傷みが目立つようになり、もうすぐ夏祭りだというので、叔母が庭師を頼んで総取り換えしてもらった。  帰国…
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三十年の不在

  20年住んだニューヨークを離れ、日本へ帰国して1ヶ月が経った。実家の片付けやら、合宿運転免許コースやら、少しづつだけれど、生活に必要なものを整えている。少なくともあと3ヶ月ぐらいはここにいる予定だ。そのあとはまったく未定。  群馬との県境に近い埼玉の片田舎の町、ここを出てから三十年以上の時が流れていた。昼間、町中を探索してみる…
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ナバホの聖地 アパッチの弥盛地

  夜明けのモニュメントバレーは寒かった。気温は0℃をちょっと超えたぐらい。5月上旬である。そのかわりというのも変だが、空気は澄み切って朝の冷涼な匂いが素晴らしく濃かった。一対のミットに例えられる右ミトン、左ミトンの岩山の間、水平になびく雲が光を孕んでいた。光はみるみる円形に輝きを増していき、やがて太陽が地平線までつづく乾いた大地を…
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アンテロープキャニオンじゃ、ため息ばかり

  ネバダから車でアリゾナへかう砂漠に雨が降り、虹がかかった。砂漠、雨、虹、私などには、めったにお目にかかれない風景だ。アンテロープキャニオンへの旅は、すっかり幸先がよかった。  アンテロープキャニオンはロウアーとアッパーがあって、ロウアーの方は鉄砲水による死亡事故も起こったため、少しでも雨が降ると閉められてしまうという。この日、…
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スケールが違う!Grand Canyon

 アメリカにいるうちにグランドキャニオンは見ておいた方がいいと思い、先日行ってきた。アメリカ旅行といえばここ、という人気観光地で、そんな騒ぐほどのもんかいな、と半信半疑だったけど、行って見てわかった。いや~、すごい!スケールが違う!  グランドキャニオンの上は一様に平らだ。そのため、一体自分は高いところから見下ろしているのか、それ…
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U.S. Capitol Washington DC

  もうすぐ長年住んだニューヨークを離れて帰国するので、今まで見聞していない米国の他の土地へ行ってみることにした。まず東海岸の近いところということで、首都ワシントンDCへ行ってみた。もう感想を述べてしまうと、あまり感動するようなものはなかった。1泊だったのだが、なんとなくニューヨークにホームシックみたいな気分だった。  とりあえず…
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紫の惜別 - Prince Memorial

  2016年4月21日、プリンスが死んでしまった。聞いた瞬間、私の頭は真っ白になってしまった。立ち眩みに似た空間が歪む感覚の中、それがゴシップ記事の嘘だと発見するため、インターネットを次々探した。止めようない砂時計のように、刻々とプリンスの訃報を知らせる記事と生前のステージ動画がサイバー空間に積もって行った。私は事実への抵抗…
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