テーマ:ストーリー

淫雨 [後編]

  車窓を曇らす夕方の蒼い雨は、遠い時の空白にも降っていた。気がつくと、あと二駅で新宿だった。翔一は多摩の病院を出てからずっと、一つのことを繰り返し思いおこしていた。今やすべて嘘くさく、すべて真実くさかった。  鬼火のように虚空に浮かび上がった記憶には、時間感覚も脈絡もなにもなかった。どこもかしこも白かった。その白い部屋にはベ…
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淫雨 [前編]

  新宿駅東口の改札口を出たところであの女を見たのは、梅雨のさなか、なま温かい雨の降る夜だった。全身の毛穴が膨張するとも縮み上がるともつかない衝撃が翔一の体に走った。血色の悪い黄ばんだ顔をしかめ、女は灰色の壁の前にしゃがみこんで、重心を膝丈のスカートからのぞくなま白い右脚から左脚に移し、また左脚から右脚にという繰り返しをしていた…
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ジプシー シャッフリング (後編)

                           Ⅴ                  土木労働班の内で、死霊がさ迷うという噂がささやかれた。夜、バラックの端にある便所の外で妙な足音が聞こえたり、何かが動く気配を感じたと言う者が何人かいた。ドイツ人隊員が誰かを連れ出して処刑しているのだと言い出す者もいた。だがドイツ人ならこ…
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ジプシー シャッフリング (前編)

 最も美しく最も悲劇のチャンピオン、ルーケリこと ヨハン ヴィルヘルム トロールマンへ捧げる                            Ⅰ                  しあわせな時は、それが闇の訪れに追われ行く残照のぬくもりとも知らず、十六歳だった。ゴムマットの匂いのこもったジムの隅で、サムはサンド…
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異形のものたち-[海の底] エドワード バーン=ジョーンズ

  アレキサンダープラッツ近くに新しく場所を移したクラブ・プラネットのバーカウンターでウォッカライムを注文しているとフィルがやって来て、X(興奮剤系ドラッグ)をやっているわりに浮かない顔でコカインを手に入れたと言った。わたしはウォッカライムをもう一つ注文し、フィルに差し出した。フィルは一口飲むとため息をついて、ジェイが死んだと言った…
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ラッシェ夫人 [短編]

  古くなった雑誌をアパート玄関の外に出していた時、封の開いた航空便がひらっと床に落ちた。紺色のインクで書かれた生真面目なアルファベットの宛名の筆跡、何ヶ月か前に母親から来たものだ。雑誌の間に挟んだまま忘れていたのだった。  母親からの手紙はいつも「**さん」の呼びかけではじまった。ベルリンに住みはじめて二年、決まった仕事も持たず…
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ゐふほりや [後編]

  女と再び会ったのはその週末だった。泥酔の介抱をしてもらったお礼のためだった。金曜の朝、慌しく女のアパートを出る時に名前と電話番号を聞いて書き込んだ手帳を開き、真也は日曜の昼近くに電話をした。女はアヤノといった。電話に出た声は寝起きとわかるくぐもった感じで「今日はお店に行かないから、時間はいつでもいいです」と言った。  待ち…
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ゐふほりや [前編]

  夢はまだ終っていないと、情事の名残を惜しむ女にも似てからみついてくる眠りの余韻を甘くふり切って見たものは、時が熔けたように赫い夕映えだった。放縦な生命の手ごたえが体の隅々まで満ちわたり、細胞がさんざめいていた。離れがたく幸福な目覚めだった。  途端、真也は弾かれたように上半身を起こした。現実への回帰は鏡を割ったような亀裂を…
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ヘルマプロデュトスの告白

 呆れるほど見事な一本道だった。横に入る道まるでなし。海岸ぎりぎりに沿って走りもう三十分以上、時折むせかえるほど甘ったるい香りが鼻腔を塞ぐ。真昼の太陽に照らされて、道路脇に咲く白い細かい花がどっさりと匂いを放っていた。窓から風が吹きつけ、髪が視界を遮る。出がけにホテルの部屋をあちこち探したが、髪どめが見つからなかった。銀の半月の…
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