伽羅創記

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zoom RSS 夏の子供たち

<<   作成日時 : 2012/08/30 12:17   >>

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  小学生時分、ほぼ毎年、夏休みは避暑の名目で母親の実家のあった福島県会津若松で過ごした。老夫婦二人が住む小さい家は私と妹がところ狭しと駆け回り、私たちは時にひどくうるさい客だった。
 家の前には公園があり、その向こうにお城が見えた。近所の駄菓子屋に私よりずっと大きい女の子がいて、行くといつも遊んでもらった。私のように、遠くへ嫁いだ母親の里がえりで夏になると来る子もいく人かいた。子供たちはどちらからともなく話すようになり、再会すると、いつ来たの、今年は私の方が先だったよ、などと言い合った。
 蝉の鳴く声が重なる松並木を抜け、お城に隣接した市営プールの真昼の太陽を透かした水の中でひょっこり出くわすこともあれば、海の底のような蒼い夜に沈む公園へ誰が言うともなく集まってきて、大きい子も小さい子も一緒に花火を咲かせたりもした。

 8月はいつも、夾竹桃の花と共に色濃さを増しながら終わりに向かい、子供たちはひとり減りふたり減っていった。お互いの住所を聞くということはしなかった。みんな、次の夏にまた会えると思っていた。

 小学校六年生の夏、私は祖母の背に追いついていた。その年姿を見なかった子、ほんの一週間ほどしかいなかった子、駄菓子屋の子は高校を卒業して横浜へ行き、私が埼玉の家へ帰る前の日に帰省して来て会えた。
 私は妹と花火を持って公園へ行った。お祖母さんに連れられた小さい女の子がいた。前の年に、はじめて見かけた子だった。
「ゆきちゃん」
 私はその子の名前をおぼえていた。
「かえるの夜まわり、まだ歌える?歌って」
 その子が歌っていた歌だった。私のことはおぼえていないようだったが、歌はおぼえていて歌ってくれた。
「おねえちゃんに、また今年も会えるかなって思ってたのよ」
 土地の訛りで、お祖母さんが言った。
「おねえちゃんも明日帰るの。ゆきちゃんも、明日東京さ帰るんだよね。また来年も、会えるといいねぇ」
 前の年より頭一つ大きくなったその子は小さく頷いた。私は翌年中学生になって、もう夏に来ることはないのを知っていた。勢いよく燃え出した花火が緑から橙に変わり、暗く赤い火がゆらんと燃えさしを曲げて消えた。毎晩、カヤツリグサの草むらで木っ端をはじくような乾いた声で鳴いていたのは何だったのだろう。「幸福」という字を覚えるずっと前に、子供たちはそれを夏という名で記憶していた。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
日本の夏休みも終わり。
短い小説のような文章を読んで、なぜか鼻がつーんとしてきた。懐かしいやら,物悲しいやら,夏の終わりのノスタルジックだね。

ichi
2012/08/30 19:59
いち姉、コメントありがとう御座います。
今の季節は、みんな同じような情感をもってるねぇ。祖父の一回忌で会津若松へ行った時、家も公園もなくなっていました。記憶の中だけにある貴重な風景です。
カラビ
2012/08/31 02:24
記憶の中の大事な風景をシェアしてくれてありがとう。

麦茶の中の氷が溶ける音、蚊取り線香、せみの声、田んぼの緑。
朝方に、庭で死んでるオオミズアオを見つけると、もうすぐ夏が終わるんだ。って。
いろんなこと思い出しました。
にしゆみ
2012/09/06 05:29
にしゆみさん、こんにちは。
みんな自分だけの「夏の終りの思い出の物」というのがあるようです。そういうのがあるのは幸福なことですね。今はもう会えない人たちに、思い出をありがとうと言いたいです。
カラビ
2012/09/06 10:59
色々な夏の匂いを感じられる文章でした。

子供って「また会える」と信じる強さがありますよね。
疑わずに一心にそう思えるって素晴らしいなぁ。
真奈
2012/09/06 21:50
真奈さん、こんにちは。
そう、子供には信じる力があります。年をとるごとに幸福感は裏切られますが、記憶は残り、その記憶が啓示的な瞬間(エピファニー)につながることがあると...信じます!
カラビ
2012/09/07 11:03

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