伽羅創記

アクセスカウンタ

zoom RSS 神々の海、戻れ竹島

<<   作成日時 : 2014/07/30 12:20   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像

  7月29日は辻 邦生の命日。海が見たくなり、A線に乗ってファーロッカウェイの海岸へ行った。前回来たのは2年、いや3年前だろうか。いつも浜辺に下りていた階段は立ち入りできなくなっていた。ずっと延長されていた板張り歩道を歩き、浜辺に出られるところまで行った。人はまばらで、涼しい風が吹いていた。潮の匂いをかぎながら、私たちの失われた島のことを考えていた。

画像 松江の友人真奈さんから、「メチのいた島」という絵本が届いた。隠岐に住む杉原由美子さんという人が、竹島の話を子供たちに語りつぐため書いたものだ。
 竹島の住所は今も昔も、島根県隠岐郡隠岐の島町竹島である。竹島にはメチと呼ばれるニホンアシカがいたという。隠岐の島久見の漁師さんたちは、メチやアワビ、いろいろな魚介類を竹島で獲って暮らしていたそうだ。連れて帰ってきたメチと、島の子供が一緒に泳いで遊ぶこともあったらしい。
 1952年(昭和27年)、韓国が一方的に竹島を自国領に引き入れて以来、久見の漁師さんたちは、二度と島に渡れなくなってしまった。竹島で漁をしたことのある人は、もう全員鬼籍に入ってしまっている。隠岐でさえも、竹島は忘れられようとしている。

 いいのか、それで本当に...

 竹島は日本人の聖地である出雲にある。古事記のわたつみの宮の章にも、ニホンアシカは登場する。今でも出雲大社神在祭の神迎えは、海の彼方からやって来る神を稲佐の浜でお迎えしている。その水平線の向こうに、竹島があるのだ。竹島があのように奪われたままであるのは、私たちの神々の海、神々の島が蹂躙されているということだ。

 いいのか、それで本当に...

 私は学校の授業で、ついぞ竹島の名前を聞いたこともなかった。成人してから韓国で「独島」デモをやっている映像をTVで見て、はじめてそんな島があったことを知った。そして、一体何を揉めているのかもわからなかった。世界地図で、竹島はほとんど韓国領扱いになっている。更に近年、日本海と東海(韓国名トンヘ)と併記させるものや、ゆくゆくは日本海を消し去り、東海だけの名称にするという動きもある。

 いいのか、それで本当に... 

 打ち寄せる波音のように、何度も繰り返し問う。国家の威信などというものよりもっと根源にある、私たちの先祖が時の向こうから語りかけてくる対話を失ってしまったならば、それは一つの民族の衰退ではないか。

 62年が経ってしまった。だが私たちは、決してあきらめてはいけない。私たちは失地回復(レコンキスタ)を目指さねばならない。私たち日本人すべてに竹島を取り戻す責任と、なにより”権利”があるのだ。私たちは日本をあきらめないことを共有する世代になろう!



テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
神々の海、戻れ竹島 伽羅創記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる