昔々、小諸城址で

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  小学校の遠足で、長野の小諸城址を訪れたことがあった。ぐるり歩いて出発の時間に集合場所へ向かうと、何人かの男子が、あっちの方で葉っぱを吹いていた人がいたと言っていた。
 それから間もなく、今度は家族で再び小諸城址を訪れた。その時、石垣近く晩秋の日だまりで座布団に座り、旅行者と話しているお坊さんのような人に会った。膝元に置かれた茶碗の中で、葉っぱが水に浮いていた。ああ、これが遠足で来た時に男子の言ってた人か、と思った。色褪せ、ところどころほつれた衣を着ていた。沁み入るような満面の笑みだった。あとで母が「粗末ななりをしてたけど、とても品のいい顔をしたお坊さんだったね」と言った。

 それから、私は中学生か或いはもう高校生になっていた頃のある日、父が言った。
「みんなで小諸へ行ったことがあったろう。あの時に葉っぱを吹いてたおじいさん、亡くなったそうだよ。新聞に出てた。近所に住んでたお坊さんで、いつもあそこで草笛を吹いていたんだって」
 なぜだかわからない、喪失感にも似た寂しさが胸のあたりを風のようにすり抜けた。あのもう一つの秋の日だまりのような笑顔に再び会えたらと、私はどこかで思っていたのかも知れない。「小諸」と聞くことがあれば、いつもその人の姿が浮かんだ。

 最近、久しぶりに小諸の話題が出て、私はその人を思い出した。インターネットのお陰で、その人物は横山祖道、二十二年間、毎日小諸懐古園で草笛を吹いていた禅師だということがわかった。よく考えると、私はあの時に草笛を聞いたかどうか、定かではないのだ。そして草笛禅師が亡くなった記事を見た父が、私と同じようにその人を憶えていたこともちょっと意外だった。私は父に聞いてみた。
「憶えていたよ。会津のおじいさん(母の父、福島県会津若松に住んでいた)がうちに遊びに来た時、小諸城址へ連れて行ったんだ。そしたらおじいさんがあのお坊さんと話し出して、もうずーっと話してるもんだから、お母さんが呆れちゃったんだよ。何を話してたのか知らないけど、盛り上がっていたんだな」
 それで父は憶えていたわけかぁ。私は会津のじいさまが小諸城址を訪れたことは知らなかった。草笛禅師は宮城県の生まれとのことなので、東北人同士で話が合ったのかな。それに、会津のじいさまがいかにも興味を持ちそうな人だった。

 この秋の彼岸、私は会津若松へ墓参りに行く。長いながい時を経て、一度見たら忘れられない満面の笑みを湛えていた草笛演奏家をまた見つけたこと、じいさまに報告しよう。これもご縁なのでしょう。合掌。



  横山祖道 関連サイト : http://kusabuezenji.jp/index.html
            https://sodou-yokoyama.blog.so-net.ne.jp/



 
 

この記事へのコメント

どらく
2018年09月24日 20:53
いい話やね~。
近いのに長野はあまり行ったことないな・・・。ここ数年、毎年夏になると「小諸に行きたい」と思うけど、行動力がなくなったw そういえば、15年ぐらい前だったか海野宿に行ったな。たしか妹尾河童のエッセイを読んで知ったのよ海野宿は。
カラビ
2018年09月24日 20:53
海野宿 >古い町並みが温存されていて、いい雰囲気じゃないですか!
信濃路には、穴場がけっこうありそうだね。探索してみるかな。
どらく
2018年09月30日 08:02
なんか最初の書き込みに間違いがあるのを発見(笑)
毎年行きたいと思うのは小諸じゃなくて小布施。(なんとなく似てる?w)
馬籠宿も長野だっけか?
カラビ
2018年10月03日 22:35
小布施なら、群馬の草津温泉経由で行きたいところだね。
馬籠宿は、ええっと...木曽路、岐阜だす。

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