ローカル線に乗って

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  叔母の眼科診断の付き添いで、隣県の大学病院へ行くことになった。歩くペースも大変遅くなった叔母と、ローカル線の駅へ向かう。もともと小柄だったが、今や並んで歩くと旋毛まで見えるぐらいに小さい。

 古い記憶の断片がある。私はねんねこ半纏に包まれてじいさまに背負われ、この駅の玄関口で汽車を待っていた。隣に叔母が付き添っていた。幼児の頃、私は喘息の気があったみたいだ。その時も、気管支を患っていたのだ。隣県の市に評判の良い小児科医院があって、そこへ私を連れて行くところだった。母親がいなかったのは、きっと本人も風邪をひいてしまったかしたのだろう。私は、その時、特に苦しかったという記憶はない。
 寒い日だった。雪がちらついていたような気もするが、定かではない。じいさまに背負われた私の踝がむき出しになっているのを叔母が見つけ、「寒いよねぇ」と靴下をたくし上げてくれたのを憶えている。あとは、昼間だったはずだが、どんより暗かったことぐらいか。

 このローカル線は昔も今もディーゼルだ。夏は天井に取り付けられた360度回転の扇風機だけだった車内も、さすがに今は冷房が効いている。ゆっくりちょっと震えながら座席に腰を下ろした叔母と並んで座った。発車まで、あと数分あった。
「ねぇ、憶えてるかな。昔さぁ」...叔母は反対側のホームを見ている。耳が遠くて、聞こえていない。
 
 多分、憶えているのではないかな。あの時分、叔母は町役場に勤めはじめて3,4年ぐらいだったろう。毎日、自転車で通っていたっけ。電車が動き出す。梅雨明け間近の夏の日、すっかり小さくなった叔母に、今度は私が付き添って行く。

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